シーラじいさん見聞録

   

捜索をする調査官たちも、最初に知りあった調査官の指示を、今や遅しと待っていた。
どの調査官も、すぐに飛びだせるように、体を小刻みに動かしていた。
しかし、知りあいの調査官は、その緊張を解きほぐすかのように、シーラじいさんに、船の調査が遅れたことを謝り、どこに沈んでいたか慇懃に聞いた。
大体の地形と、どのように沈んでいたか話すと、他の調査官ともども海に潜っていった。シーラじいさんは、1人になった。しかし、ここで、それぞれの帰りを待つしかない。
虹色に光る油は、ほとんど消えていた。事故があった形跡はどこにもなかった。
2時間近く待っていると、何かがこっちに向っているのが見えた。
ジムを送っていった調査官たちだろう。
やはりそうだった。シーラじいさんの近くで止まった。
一頭が、シーラじいさんの前に来て、「命は助かるかも知れませんよ」と、柔和な顔で言った。
それは、「誰かいるようです」と教えてくれた調査官だった。
「ニンゲンが見つかったのか」
「しばらく進むと、大きな船が横切るのが見えました。そこで、私たちは、できるだけ近づき、ジャンプをくりかえしました。そのうち、誰かが気づき、1人、2人と集まってきました。
そして、私たちは、板を押しだし、そこにニンゲンがいることを教えました。
船は、200メートルほど進んでから止まりました。
私たちは、船の横まで行き、すぐに助けられるようにしてから帰ってきました」
「それなら大丈夫だ」
そのとき、海が持ちあがり、シーラじいさんの体は大きく揺れた。
船を探していた調査官たちが帰ってきたのだ。
知りあいの調査官は、船はすぐにわかったが、オリオンを見つけることができなかったことを申しわけなさそうに言った。
「このことを指令に報告したのですが、誠に残念ですが、直ちに解散せよということなので、私たちは帰らなければなりません」
「それは仕方がない。わしも、しばらくしたら、ここを去ることにする」
「それでは気をつけて」
調査官たちは、残りたい気持ちは山々だけど、組織の一員として行動しなければならないという気持ちを柔和な顔に浮かべていた。
「さようなら」
「お元気で」
「またどこかで」
調査官たちは、口々に別れの言葉を言って、それぞれの国に戻っていった。小さくなっていく調査官を見ながら、シーラじいさんは、オリオンのことを思った。
オリオンは沈んでいって、多くの者の命を養ったのだ。
それも生まれてきた甲斐というものかもしれない。
誰かの役に立つほどすばらしいことはない。しかし、あまりにも若すぎた。人生の第一歩を踏みだしたばかりだった。
そして、この広い海のどこにも、オリオンがいないのだと思うと、胸が苦しくなってきた。
どこに行くあてもなくさまよった。これは危険なことだ。いくら1メートル50センチもある体でも、虎視眈々と狙っている者はいくらでもいるからだ。
そして、シーラじいさんの目に、何かの影が映った。
反射的に反対側に行こうとすると、そこにも影があった。とてつもなく大きい。
しかも、影はだんだん大きくなってきた。狙われているのはわかった。二つの影は、シーラじいさんの動く方向に動いたからだ。
しかし、もう逃げる気もなくなっていた。すると、二つの影は、両方から迫ってきた。
これが最後かと観念した。そのとき、何か声が聞こえた。
シーラじいさんは、えっというように、まわりを見た。
二つの影が、1メートルも離れていないところにあり、やや平行に並んでいたが、顔を向けて、シーラじいさんを見ていた。体は、シーラじいさんの2,3倍はありそうだ。
サメにちがいない。右側のサメが、「シーラじいさんですか」と言ったのだ。
顔つきは獰猛だったが、丁寧な言葉使いだった。しかし、何が起きたかわからず、言葉に詰まった。
「シーラじいさんという方を探している者です」
左側のサメも、丁寧に言った。
「そうじゃが。そう呼ばれることもある」シーラじいさんは、言葉を搾りだした。
「よかった。ずっとあなたを探しました」
「どういうことだ」自分に言うように言った。
「あなたの名前を呼んでいる者がいるのです」
「誰じゃ」
「子供ですが、ひどくけがをしています。私たちは、全力で治療をしていますが予断を許さない状態です。
うなされているのか、ときおり『シーラじいさん助けて』と聞きとれないほどの声で言うこともあります。
医者は、『必ず助けるようにいうボスの命令だが、これ以上無理だ。そのシーラじいさんとやらを連れてきたらなんとかなるかもしれないが』と言っていますので、私たちが探していたんです」
「ニンゲンには、名前というものがあるのは知っていましたが、シーラらじいさんがニンゲンならば連れてくるのは不可能なので、どうしたかいいものか考えながら、探していたんです。
そのとき、このあたりで見かけない者をいたので、おっと失礼、あなたに声をかけたのです」
「生きていてくれたか」
「すぐに来てください」

 -