シーラじいさん見聞録
大勢のイルカが自分を囲んでいたので、まだ夢を見ていると思ったかもしれない。しかし、ジムは、目をつぶって何かを思いだそうとしていた。
「かわいそうなジムよ」とシーラじいさんは、ジムのゆがんだ顔を見ながら思った。
「ああ、シーラじいさん、少しだけ思いだした」
ジムは、目を開けてシーラじいさんを見た。
「うん」
「オリオンが弱っているので、船のスピードを落すようにとトムに言ったとき、急に頭が真っ白になった。そこから、ほんとにおぼえていないだ」
「そのとき、おまえは殴られたようだな。そして、オリオンは、ボートにくくられたんだ」
「そうでしたか」ジムは声を落とした。
「それから、気がついたときは海にいた。無我夢中で泳いだけど、捕まるものがなくて、もうだめだと思うと、また気を失ったようだ。
誰かがおれを呼んでいるような気がしたので、目を開けるとシーラじいさんがいた。
おれは、シーラじいさんとオリオンの3人で、まだボートに乗っているように思った」
あの時は、ほんとに楽しかった」そう言うと、ジムは笑顔を見せた。
「シーラじいさんに、人生や星について教えてもらった。おれは、学校に行っていないので楽しかった。でも、遭難した海で授業があるなんて」
ジムは、くっくっくっと声を出して笑った。
シーラじいさんは、それには応えず、今までのことを説明した。
「ボートにくくられて猛スピードで引っぱられるオリオンの姿を見て、このあたりを守るボスが、海の下から船に体当たりしたようだ。そのとき、船は空高く舞いあがり、海に叩きつけられた」
「オリオンはどうなったんですか」ジムはていねいに聞いた。
「今調査官たちが探しくれている」
「そうですか」
「トムとマイクは海に叩きつけられたとき死んだようだ」
ジムはうなずいた。
「おれが、もう少ししっかりしていれば、こんなことにならなかったのに」ジムは泣き声を出した。
「ジム、おまえは悪くない。軽率なことを言ったわしが一番悪い。ところで、けがはしていないのか?」
「どうも体が動かないようです」
「骨折をしているかもしれんな」
「もうだめなような気がします。オリオンと約束していたのに」
「そんな心配をするな」
「シーラじいさん、おれの頼みを聞いてください」
「今度、人間と話をするようなことがあったら、ロンドンのイーストエンドにあるナロウ通りに行くように頼んでほしい。そこにロン・クロップ探偵事務所がある。
ロン・クロップはいないかもしれないが、ミス・ジャイロがいるはずだ。本名は知らないが、頭の回転が早い女だったので、おれたちは、そう呼んでいた。彼女に、ジムのことで話があると言ってもらえれば、連絡してくれる。
ロン・クロップは、小柄な老人で、おれたちには面倒見がよかった。怒りだすと、手がつけられなかったけど。
ロン・クロップに、おれたちが死んだことを言って、WRFの書類が例の銀行の地下金庫にあるといってほしい。
そして、ジムがオリオンを助けることを望んでいたと言ってほしい」
「何の書類だ?」
「ああ、レアメタルの埋蔵場所だ」
「レアメタル?」
「おれも詳しく知らないが、金より高価な金属らしい。それを、WRFという組織が、タンザニアの役人に賄賂を渡して密かに調べたようだ。
WRFとは、もっともらしい名前だが、鉱山を見つけて高く売りつける組織だ」
「ロン・クロップは、どんな人なんだ?」
「表向きは探偵をしているが、そういう情報を盗みだして、他に売りさばくプロだ。
売れた金の三分の一をおれたちが貰うことになっていた」
「その金で、オリオンの治療をするつもりだったのか?」
ジムは悲しそうな顔をして、シーラじいさんを見た。
「これを最後にして、まっとうな生活をするつもりだった」
「いや、いいんだ。おまえは、人生は何回もやりなおすことができるということを証明しようとしていたんだ」
ジムの目からまた涙がこぼれ、頬を伝った。
「シーラじいさん、ボスはどんな人なんだ」
「いや、わしも知らないんだが、聞いたところでは、イルカの何百倍という大きさがあると言っていたが」
そのとき、ジムががっくり首を垂れた。
「ジム、しっかりしろ!」シーラじいさんは大きな声を上げた。
見守っていた調査官の中から、最初に会った者が言った。
「私たちが、運びましょうか」
「そうしてくれるか」
「了解しました。おまえたちは運んでくれ。他の者は、子供の捜索に回れ」
4頭が救助に当たった。一頭が下から支え、他の者が両脇と後ろから押すようにして進んだ。
他の者は、それを見届けてから、捜索の準備にかかった。
シーラじいさんは、船が沈没した場所を聞かれた。もう一度そのあたりを捜索するという。もうジムを運ぶ調査官たちは見えなくなっていた。