シーラじいさん見聞録

   

それは、シーラじいさんの不安のように、刻々と広がりながら形を変えていった。
オリオンは、どこへ行ってしまったのだろうか。
そして、調査官たちは。
彼らは、指令に任務を解かれて、自分が住む海に帰っていったのだろうか。
しかし、オリオンが生きていたなら、知り合いになったあの調査官は、わしを待っていてくれるはずじゃが。わしとオリオンとのことはよく知っているのだから。
だとすると、見つからなかったのだろうか。
あたりを見まわしていると、遠くで、何かが動いているような気がした。それが起す波がだんだん大きくなってくる。近づいているのだ。あの調査官か。シーラじいさんは、それが進む方向へ向った。
わしを認めて、来てくれたのか。またぶつからないように、2.30メートル近づいたときに、なるべく体を起こし、「おーい、止まってくれ」と叫んだ。
シーラじいさんから、2,3メートルのところで波の動きは止まった。
少し沈むようにブレーキをかけたようで、二つの分かれた波が大きく立った。
シーラじいさんの体は、その反動を受けて、大きく揺れた。
「あなたのことは、他の地区から来た調査官から聞いています」
あの調査官ではなかったが、同僚だった。柔和な表情で話しかけてきた。
「沈没した船を見つけて、そのまわりを探しておった。そして、ここに帰ってきたら、みんないなくなっていたので、どうしたんじゃろと心配しておった」
「あなたが見つけてくれたんですか。海面調査が終れば、船の探索に行く予定だったのですが、『誰か生きているぞ』という声が聞こえたので、みんなそっちに向っているところです」
「本当か!」
「はい、まちがいありません」
「誰かわかるか」
「いや、そこまではわかりませんが、今調査官が終結しています」
「ここから遠いのか」
「多分私らで5分程度の距離だと思います」
「そうか。わしもすぐにいく」
「お願いします」
そういうか早いか、調査官は、すぐに全速力で泳ぎだした。
調査官に選ばれることは名誉なことのようで、どの調査官も、自分の任務に真剣に取りくんでいる者ばかりだった。
今の調査官も、エコロケーションといわれる関知能力を使って、その場所までまちがうことなく行けるのだ。オリオンが出していたような、キィーキィーという音がかすかに聞えていた。
シーラじいさんは、調査官が立てる波を見ながら泳いだ。
ようやく10頭近くのイルカが輪のようになっているのが見えた。
あの中にオリオンがいるにちがいないと思い、急いだ。
調査官たちの間をくぐり、中に入った。しかし、オリオンではなさそうだ。
板切れに、何かが横たわっていた。顔が上向きだったので、ジムだとすぐにわかった。
シーラじいさんは、「おい、ジムじゃないか。わしじゃ」と大きな声を出した。
しかし、ジムはぐったりしたままで返事をしなかった。
そのとき、「こちらが、おっしゃっていた方ですか」という声が聞こえた。
振りむくと、最初に知りあった調査官だった。
その調査官は、シーラじいさんが話したことをおぼえていたようだ。
「ああ、おまえさんか。ジムは返事をしないようだが、死んでいるのか」
「いや、亡くなってはおられません。海にたたきつけられたので、気を失っているだけです。どこか激しく打っているようですが」
「そうだったか。しかし、うまく板切れに乗かったものだ」
「いや、最初は無我夢中で泳いでいたのですが、私らの仲間が、板に乗せると、安心したのか気を失ったようです。水は飲んでいないので、大丈夫でしょう。
あなたの話では、このニンゲンは、私らが話すことができるのを知っているとのことなので、あなたがオリオンと呼んでいる子供を知っているか聞こうと思います」
他の調査官も、事情がわかったようで、一言も漏らさないぞというように、みんな近づいてきていた。
そのとき、まわりの気配を感じたのか、ジムは、ウーンという声を上げた。
「ジム、気がついたかい」シーラじいさんは、ジムの顔にさらに近づき声をかけた。
ジムは、一瞬目を開けたが、何が起きているのかわからないようだった。
「ジム、わしじゃよ。シーラじいさんだ」
ジムは、声がするほうに首をゆっくり動かした。
「ああ、シーラじいさんですか。おれは、どうなっちまったんですか」
「おまえは、船から転落したようじゃ。そのときに、オリオンも投げ出されたようだが、行方がわからないので、仲間の調査官が来て、オリオンを探している最中じゃ。
おまえが気がついたら、オリオンについて知らないか聞きたがっている」
そのとき、ジムは、大勢のイルカが、自分の近くにいるのがわかったようだ。
その光景とシーラじいさんの説明で、ジムの頭の中で散らばっていた記憶が、少しずつ形を取りもどしてきた。
「ちょっと待ってください」ジムは、目をつぶって、思い出そうとした。

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