シーラじいさん見聞録

   

「えっ、親兄弟はどうした?」シーラじいさんは、驚いて聞いた。
「そんなものいません」
「死んでしまったのか」
「生きているかもしれませんが」
「おまえも探しているのか?」
「探してなどいません」
「どうしたんだ?」
「おれが、5、6才の頃、おやじは殺されたんです。そういう仲間に入っていたからね。
お袋とおれと弟二人が残されたんです。
お袋は、仕事をしながら、おれたちを育てるのが嫌になったんでしょう。1年ほどした、ある日、おれが、家に帰ると、テーブルの上に少しのお金とメモがあった。
メモには、『ママは、用事で出かけるけれど、困ったことがあったら、叔母さんに電話するように』と書いてあった。
叔母さんだって、主人が病気がちなので、イーストエンドで八百屋をしながら、5人の子供を育てていることを知っていたんで、電話をかけなかった」
「それでどうしたんだ?」
「やがて、近所の人がおれたちのことを知って、市に連絡をしてくれた。
しばらくして、弟二人は、どこかにもらわれていった。しかし、おれは、もらい手がなくて、施設に預けられた。
そこに、10才までいたけど、毎日同じ生活だったので、仲間と逃げた。
街をうろうろしていたけど、『類は友を呼ぶ』ということで、悪いことがしたくてたまらん連中がどんどん集まってきた。
おれも、かっぱらいで、何度か捕まったが、その度に、施設に連れもどされたけど、18才になると、誰も心配しなくなった。
そうなれば、お決まりのコースで、もっと悪いことする連中と知りあいになって、今ここにいるというわけです」
「その後、ママはどうしたんだい?」
「誰かと結婚して、おれを引きとりたいという連絡を施設にしたようですが、そのとき、おれは長期出張でいなかったんです。あはは。もう手遅れです」
「おまえは、何才だ?」
「24才」
「何を言っている」
「おれはわかっているんです」
「何を?」
「シーラじいさん、学校ってわかりますか?」と聞いた。
「勉強する場所だろう。わしは軍隊の学校へ行ったことがある」
「おれは、どこでも転校生のような気がするんです」
「どういう意味だ?」
「おれは、どこでも仲間はずれになるんです」
「転校生は、最初はそんなものだろう。わしらには経験がないが」
「でも、すぐに友だちになる子供もいるじゃないですか。おれは、ずっと仲間はずれなんです」
「おまえから、友だちになったらいいのだ」
「おれが近づくと、みんなどこかへ行ってしまう」
「そんなこと気にするな」
「いや、みんなの目を見りゃわかる。今だって、おれはシーラじいさんやオリオンの邪魔をしているんだ」
「オリオンはがそう思っているのなら、こんな苦労をしていないぞ」
ジムは、それには答えず、「おれがいなけりゃ、オリオンは、もう家族に会えていたかもしれないんだ」と言った。
「おまえだって、仲間ともうすぐ会えるじゃないか」シーラじいさんは、ジムを励ました。
今まで黙って聞いていたオリオンが、「昼間も動くのはどうでしょうか」と、シーラじいさんに言った。
「それはだめだ。おまえは、相当疲れている。暑いときにボートを引っぱると、さらに体力が落ちる。もし動けなくなると、どんな敵があらわれるかわからん」
シーラじいさんは、オリオンの提案を一蹴した。
「人間は、いや、どんな生物でも、いつも誰かを探しているものですか」ジムは、思いつめように言った。
「そうかもしれないな。わしらが探している者も、また誰かを探している。お互いが、お互いを探しているのが一番いいが。
おまえのママも、何か探したくなったんじゃろ。しかし、今は、おまえを探しているかもしれないぞ。おまえが、ママを探したくなっているようにな」
「でも、こんな広い海で助かる気がしない」
「何を言っている。仲間が、おまえを探しているはずだ。それに、漁船と出くわすかもしれないし、潜水艦がひょっこり顔を出すともかぎらない。絶対あきらめるな」
「生き残っても、何の意味があるんだ」
「おまえはまだ若い。今何をしているのか知らないが、やりなおすことはいくらでもできる。
自分がどうなりたいかを考えとけ。そうすれば、おまえは、自分を救うことができる。
ジム、それだけは忘れるな」
ジムは、シーラじいさんの言葉にうなづいた。
「それじゃ、『おれは、ここにいるぞ』と見せつけてやれ」
ジムは、屋根の上に、自分のシャツをくくりつけた。

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