シーラじいさん見聞録
若いシャチが3頭寄ってきた。「オリオン、海底に行くのですか!」と大きな声で聞いた。
「いや。君たちに迷惑をかけられないので、まずは訓練をしようと思ってね。
リゲルからきみたちがいる場所を聞いたので来たんだ。他の者は?」
「今潜っています。ぼくらも今上がってきたところです」
「そうか。リゲルから聞いたけど、ものすごく上達をしているということだった」
「そんなことはないです。リゲルがいつも言っているんですけど、オリオンはイルカなのに、ミラぐらい深く潜ることができるそうですね。しかも、どんなに潜っても余裕があると言っていました」
「そんなことはない。ミラとリゲルが教えてくれたから、ようやく二人についていけるようになった。
きみたちも、わからないことがあれば遠慮なくリゲルに聞いたらいいよ。自分でも信じられないほど上達する」
そのとき、潜っていた2頭のシャチが戻ってきた。
オリオンを見ると、他の者と同じように興奮して、「オリオン。来てくれたのですか!」と苦しさを忘れて叫んだ。
「いや。ぼくも練習しなければならないんだ」
「今日は調子がよくて一番深く潜れました。一度ついてきてくれませんか」
「それはすばらしい。まだ自信がないけど、きみたちと一緒に練習するよ」
「どこまで行ったんだ?」仲間が聞いた。
「おまえたちは知らないだろうが、岩があるんだ。なあ」と一緒に潜った仲間を振りかえり、得意そうに言った。
「あった。びっくりしたよ。おれは頭をぶつけた」その仲間も自慢した。
他の3人はそれを聞いて、「岩?信じられない」、「酸素が足らなくなって頭がおかしくなったんだ」、「クジラにぶつかったんじゃないのか?」と答えた。
「オリオンに聞いてみよう。オリオンは知っていますよね」
「岩?」オリオンはしばらく考えていたが、「そうだ!確かにあった」と叫んだ。「かなり深かったはずだ。そこまで行ったのか?」
「行きました。あそこまで行ったのは初めてです。意識がなくなりそうでした」
「ぼくもそうだった。待てよ」オリオンは何か考えようとした。
5頭のシャチはオリオンを見守った。オリオンはそれに気づいて、「ごめん。リゲルに話すことができた。ここで練習しておいてくれ」と言って、そこを離れた。
急いで帰ってリゲルを探した。ようやく見つけて、「リゲル、わかったぞ」と叫んだ。
リゲルも、「海底に行ってきたのか!」と興奮した。
「いや。それは無理だ。海底に行く訓練をしているとき岩があったのを覚えていないか?」
「岩か。そうだったかな?」リゲルは思いだせなかった。
「若い者のうち二人がかなり深い場所に岩があったと言ったので思いだした。
ぼくもそうだった。ミラが岩を越せばもうすぐ海底だと励ましてくれた。
きみはそんなことを気にしないで海底に行くことができたんだ」
リゲルはまだ怪訝な顔をしてうなずくだけだった。
「ぼくは、きみらを追いかけようとして岩にぶつかったことがある」
「思いだした!オリオンはひどく血を流したことがあったな。あれか!」
「そうだ。もちろん岩が海に浮いているわけじゃないけど、海底から聳え立つ山があったはずだ。それが横にぐっと伸びていたのだろう」
「それで?」
「そこをまっすぐ下に行けば穴があったはずだ。それを思いだした」
「ほんとか!」
「まちがいない。ひょっとして、センスイカンはその岩にぶつかったか何かで故障したかもしれない。憶測だけど」
「すぐに行こう」リゲルは興奮した。
「そうしたいけど、ぼくはまだ自信がない。もう少し待ってくれないか」
「そうだった。あまり時間がない。こうなったらゆっくり体力をつけてくれ」
「若い者も上達しているようだから急ぐよ」
アントニスは、毎日外に出て庭のチェアに座っていた。もちろん、シーラじいさんからの手紙を待っていたからである。
マイクとジョンはイギリスにいる所長とは今も連絡を取り合っているが、シーラじいさんからの手紙がこないかぎり何もわからなかった。
手紙が来て、オリオンとリゲルが海底の穴を見つけて穴に入った。そして、そこにいるニンゲンが今も救助を求めているということが書いてあれば、あとはおれたちの出番だと言い聞かせていた。いつも横にいるイリアスも同じだ。
「オリオンがインド洋についてから、すでに2週間立っているね」イリアスも心配で仕方なかったのであるが、なるべく落ち着くようにしていた。
同居しているジムやミセス・ジャイロ、ダニエル、マイク、ジョンだけでなく、アムンセン教授もたびたび来たが、庭のチェアに座っても黙っていることが多かった。
ただ、空を見あげては、カモメが今にも急降下で降りてこないかを気にしていた。
ある夕方、カモメが2羽下りてきた。全員立ち上がった。