シーラじいさん見聞録

   

船はオリオンを認めたようだ。スピードを緩めだした。誰かが体を乗り出している。
所長だ。オルコット所長だ。大きな声で叫んでいる。オリオンはジャンプをした。オルコット所長は激しく手を振っている。
ようやく船は止まった。兵隊も大勢集まってきて、オリオンを見ている。所長は、「オリオン、待たせたな」と叫んだ。
オリオンは、「よく来てくれました」と答えたかったが、所長が自分のことをどこまで説明しているのかわからないので、体を浮かせてうなずくだけにした。
しかし、所長はかまわず話しかけてきた。「泳ぎたいだろうが、こちらの都合で水槽に入ってくれないか」と言った。オリオンはうなずいた。
所長が合図を送ると、クレーンが動きだして水槽が下りてきた。オリオンはすぐにそこに入った。
兵士たちは大きな声で歓声を上げた。「すごいなあ。これはよく訓練されている」
とか「イルカは頭がいいとは聞いていたが、ここまでとはな」と話しあった。
「どこかのショーに出ていたんですか」と所長に聞いた者がいる。
「そういうことはない」と所長が答えた。「それなら、軍事訓練を受けていたとか」
「オリオンはそういう訓練も受けていない。オリオンは、イルカの中でも特別に知能が高いので、海洋学者が研究をしていたんだ」
今までオリオンの存在は極秘事項だったので、初めてオリオンを見る兵士は興味があったのだ。
「そうですか。オリオンをインド洋に運ぶように命令を受けたので、どういうイルカなのかと思っていました」
「今は詳しいことは言えないが、ひょっとしてオリオンが戦争を終わせるかもしれないんだ」
「そんなことができるのですか」

りゲルは、シーラじいさんから、「もうすぐオリオンが行くから、しばらく待っていろ」言付けを受けとっていた。それを伝えたカモメは、「お前の気持ちはわかるが、シーラじいさんの言うとおりだよ。
おれたちはわからないが、深い海は真っ暗なんだろ?疲れたら感覚が鈍るだろう?」と言った。
別のカモメも、「せっかく近くまで行っているのにもったいないじゃないか」と補足した。
ペルセウスも、「オリオンがインド洋に着いたら、ぼくが迎えに行くから、しばらく待っていて」と言った。
「そうだ。オリオンがいつ来てもいいように、若い者に深く潜る方法をもっと教えてくれないか」シリウスがリゲルに提案した。
いくら注意しても、オリオンが来るまでにニンゲンが閉じこめられている穴を見つけようとして体を酷使するりゲルにみんなで言い聞かせたのだ。
シリウスは、「みんな、オリオンが来るまでにりゲルに教えてもらおうじゃないか」と誘った。
「そうですね。ぼくらも役に立ちたいんです。りゲル、お願いします。教えてください」若い者はりゲルを取りかこんだ。
もうりゲルも断れない。「OK。それじゃ、訓練をしよう」りゲルは泳ぎだした。
若い者が動きだした。シリウスも行こうとしたとき、カモメが、「シリウス!」と叫んだ。「もう一人で動かないと思うが、リゲルを見ておいてくれ」と言った。
「わかりました。オリオンが来るまでずっと見ています」
「頼んだぞ」カモメはそう言うと、すぐにアフリカ大陸のほうに戻った。
シリウスも、ペルセウスに「それじゃ、行ってくる」と言ってリゲルと若い者を追った。

オリオンを乗せた海軍の船は、夕方にはサウサンプトンの港に着いた。
船長は、「しばらくここにいてもらうようになりました」と言いにくそうに言った。
「えっ!すぐに空軍基地に行くのじゃなかったのか」
「そうなんですが、先ほど連絡があって、インド洋に緊急事態が起きたらしく、戦闘機が向かったようです。
それで、運搬はしばらく様子を見るようにという命令が出ました。それが解除されたら、予定通りオリオンを運びます」、
「それじゃ、オリオンはこのまま狭い水槽に閉じ込めておくのか」
「それについては、専門家である所長の意見を聞きたいのですが」
所長はオリオンを見た。
多分今の話は聞いていただろうが、今は船長などがいるので話が聞けないと思った所長は「わかった。少し考えさせてくれ」と言って、海軍の関係者を遠ざけた。
「オリオン、今の話を聞いたか」
「聞きました」
「まず水槽から出すようには言うよ。この海の近くにいるとしても、ここは狭い港だから、船の往来が激しい。大丈夫か?」
「ぼくは大丈夫です。海軍は認めてくれるかどうかですが」
「きみが自分から水槽に入ったのを見ているから、その点は大丈夫だ」
「それなら、気をつけて待ちます」
「わかった。すぐに船長に言う」
船長が来ると、所長は考えを話した。そして、すぐにクレーンでオリオンが乗っている水槽を降ろしはじめた。

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