シーラじいさん見聞録
二人は、「こういう情勢だから、捕獲している動物は解放すべきではないか」という上申書を出していた。
それが認められれば好都合であるが、それが認められないどころか、費用の削減などで、虐待のような扱いを受けるようにでもなれば、体を張ってオリオンなどの動物を守るつもりであった。
しかし、今のところどこからも返事が来ないので、このまま世話をするしかなかった。
もちろん、ベンからの連絡を心待ちにしていたが、それもまだだった。
今二人にできることは、テレビや新聞から得た世界の状況と、シーラじいさんとアントニスの間で交わされる手紙の内容を知らせることだけだった。
オリオンが今の状況を把握していれば、オリオンの身に何が起きても、オリオン自身も、二人も、それにどう対応するか適格な判断ができるように思えたのだ。
だから、ベンがイギリスに戻ってくるやいなやすぐに二人に連絡してくれたこと。リゲルたちが、北極海でミラを助けたこと。そして、そのお礼をするためにしばらく向こうに滞在したこと。ベンがオリオンをアフリカのケープタウンに移すようにしてくれたこと。しかし、リゲルたちはオリオンを北極海の国に移せないかと連絡してきたことなどを、オリオンは当日か翌日には知ることができたのだ。
「ベンが、一旦決まった場所を変更してくれるなんてすごいことですね!」その経緯を聞いたオリオンは興奮して二人に言ったのだった。
「そうだね。考えられないことだ。ベンは、きみとは直接話をしているから、きみのことは友だちと思っているけど、シーラじいさんたちのことはよくわからないはずだ。
しかし、アントニスやぼくらが何度もシーラじいさんたちのことを話すので、友だちの友だちのためならと思ってくれたのだろう」マイクは答えた。
「海軍という組織にいるニンゲンで、しかも、戦争の真っただ中にいるというのに」ジョンも改めて驚いたように言った。
「この前電話で言っていたが、人類が絶滅する前に、ぼくらを一番理解してくれたオリオンを助けたいんだと話していた。冗談のようには聞こえなかった」
「ベンのような軍人でも、今回は相手との駆け引きができない状況になっているんだろう。何か大きなことが起きたらサドンデスでぼくらは絶滅するかもしれない。生きのこったとしても、原始生活に後戻りだな」
「特に都会には誰もいなくなるよ。食料がなくなるから」2人の話は別の方向に行きだした。
「そんなに悲観的にならないでください。必ず道はありますよ」オリオンが思わず口を挟んだ。
2人は、我に返ったような表情になり、「そうだった。きみに希望を与えようとしているぼくらがこんなことではいけないな」と口をそろえて言った。
「シーラじいさんは、ニンゲンは、自分たちの過ちに気づきながら、今の文明を作りあげたからそう心配しなくてもいいとよく言っていました」
「それならうれしいが」
「もちろん今も気づいているし、その方法もわかっているけど、ニンゲン同士のあつれきがそれを邪魔しているんだけだとも。
だから、クラーケンはニンゲンにひどいことをしているけど、それでニンゲンが一つにまとまれば、何か明るいことが出てくるかもしれません」
「またきみに教えてもらった」
「そんなことはありません。ただ、人類が生きのびなければ、何か大きな天災でもあればぼくらも絶滅してしまうような気がします」
「政治家や、ベンを除いた軍人に聞かせたいなあ」
1週間後、ようやくベンから連絡が来た。興奮した声でノルウェー北部にあるトロムソ大学の海洋研究所が引きうけてくれるかもしれないんだと話した。
ベンの友だちがその研究所の研究者と友だちで、特別な能力のあるイルカがいるが、引き取ってくれないかと頼んだそうだ。
ノルウェーもアメリアの同盟国で経済的な余裕は逼迫しているから、断られるかもしれないと思ったが、教授が興味を示したそうだ。
それで、今まで極秘事項だった、オリオンは英語を理解するということを話さざるをえないが、その前に、シーラじいさんたちの了解を取ってもらいたいというのだ。
もちろん、極秘事項を外国に伝えることは違法だが、それは自分が責任を取るつもりだということもつけくわえた。
2人は、すぐにアントニスに連絡した。アントニスは、すぐにシーラじいさんに手紙を書き、カモメにそれを託した。
それをすませた後、イリアス、ジム、ミセス・ジャイロに話した。みんな、口々に「いよいよか」とか「オリオンはこれで海に戻れるかもしれない!」と喜んだ。
アントニスはアメリアにいるダニエルにも連絡した。ダニエルも興奮して、「トロムソはぼくが取材に行った町じゃないか。あそこなら、北極海に面しているのに、メキシコ湾流のためにそう寒くない。リゲルアたちも自由に動けるはずだ。ぼくも早くそちらに行くようにするよ」と答えた。
翌日、カモメから手紙を受けとったシーラじいさんも珍しくこ興奮してみんなを呼んだ。リゲルたちも喜び、「今すぐそこに行こう」という者もいた。
シーラじいさんは手紙を書き、それを読んだアントニスもすぐにマイクとジョンに連絡した。もちろん、ベンにも、全員の希望が伝えられた。
「確実になったら、ぼくらもすぐにトロムソに移れるようにしておこう」アントニスたちは調査を開始した。
その二日後、アントニスたちがホテルで今後の予定を話しているとき、突然、「北太平洋でアメリア同盟国とチャイア同盟国が小競り合いを起こしている」というニュースが流れた。
ただ、このようなことは以前からよくあり、テレビに釘づけになるほどのことではないように思われた。