シーラじいさん見聞録
みんな懸命に泳いだ。誰もしゃべらなかった。リゲルも、「休憩」と指示を出すことはあったが、そ以外は何も言わなかった。そんなときでも、それぞれ離れて休んだ。
しかし、誰も、あのシャチのことを考えていた。「あのけがではどうしようもない。何しろ体の半分がやられているんだから」、「だから、あのシャチも観念して、もうほってほいてくれと言ったんだ」、「あいつはどんなことを考えて死んでいったのだろう」、「最後に残した言葉はほんとなんだろうな」、「あいつがおれたちと行動をともにしたら、大きなことをやらかしたかもしれない」、「あの堂々とした態度はどうだ!上司である小隊長も誰一人あいつを疑ったことがなかった」、「でも、どうしてあいつを探すようになったのか」、「ひょっとしてベテルギウスが何かおかしいと気がついたかもしれない。しかし、事が事だけにボスには避難してもらって、まわりの様子を調べさせていたのか」
「もう少し早くあそこを離れたら、あいつはあんなことにならなかったかもしれない」
誰もが、あのシャチのことを自分なりに考えていた。しかし、それを口にしたり、誰かに同意を求めることもなく、静かに休んでいた。
リゲルは北極海を離れるとき、カモメに、「あいつを見ておいてくれませんか」と頼んでいたが、もちろんあのシャチについて考えていた。「クラーケンのボスと側近の者は、ニンゲンは悪だから、それを絶滅しなければ海の平和は戻ってこないと頑なに考えている。
おれたちも、クラーケンこそ海の混乱をもたらす元凶で、まずクラーケンを排除しなければ解決しないと考えている。たとえ兵隊になるように誘われた者でもだ。
しかし、そうではなかったかもしれない。あのシャチのように、何らかの疑問を持っていたが、自分で見つけられなかったから、クラーケンの術中にはまっただけかもしれないのだ。
シーラじいさんが、物事を白か黒かに分けてしまうと、逆に複雑になって解決できなくなると言っていたが、クラーケンという組織を悪と決めつけてしまうと、おれたちの対応も画一的なことになってしまう。
あのシャチは向こうから来てくれたが、それがわかっていれば、こちらから働きかけて切り崩すこともできたはずだ。
もちろん、おれたちの仲間やニンゲンを恐怖に陥れる行動は絶対許すことはできない。
しかし、核兵器の問題がある。クラーケンたちも、今は避難しているが、情報をつかんでいるから、いつ逆襲に出るかもしれない、これについては、シーラじいさんに聞くしかない。
こんなときにオリオンが横にいてくれたらな。オリオンなら、おれの考えをわかってくれるし、そのためにはどうするかも教えてくれる。しかも、自分が先頭に立ってだ。
それにしても、オリオンはどうしているだろうか。みんなに忘れられていないだろうか。どんな困難が待ちかまえていても絶対助けてやる」
ようやく北極海であのシャチを見届けていたカモメが追いついた。それに気がついたペルセウスたちもリゲルの元に集まった。
「あのシャチは、最後まで何とか生きようとしていた。2日間はそのまま浮いていた。
血のにおいを嗅いで大勢集まってきたときは、おれたちもあせったぜ。
しかし、あいつは諦めなかった。激しい抵抗をした。おれたちも空から攻撃したりしてできるだけのことをしたが。
3日目、また3頭のシャチが来たのでもうだめだと思ったとき、何とあいつの仲間だったことがわかった」
「仲間がいたのですか!一人じゃなかったのですか!」ペルセウスが思わず聞いた。
「クラーケンのときの仲間だとは思う。でも、おれたちのところに来たときからは、誰にも会っていない。それは断言できる。24時間見張っていたからな」カモメは慌ててつけくわえた。
「とにかく、3頭ともえらく悲しんでいた。それは空からもわかった。連れてかえろうとしたが、やはり断ったようだ。そして、5日目の朝死んだ。仲間は長い間離れずにいた。そして、ゆっくり沈んでいった。仲間は追いかけたりしていたな」カモメも涙声で話しおえた。
ペルセウスやシリウスたちは、その情景を思いう浮かべたのか黙って聞いていた。ようやくペルセウスが、「あいつのことを心配していた者がいてよかったじゃないか」と叫んだ。
リゲルも、「やはりそうなんだ!」と心で叫んだ。「あいつは誰も友だちはいないと言っていたが、誰かは心配してくれているものなんだ。その仲間も、すぐ戻れという命令に背いて、あいつを探したんだ」
南下するにつれて船は増えているようだし、爆音も激しくなった。見あげると、ものすごい勢いで飛んでいるものがある。あれはヘリコプターではなくて、爆撃機というものだろう。
「また核兵器が使われたのじゃないだろうな」シリウスが独り言のように言った。
「ニンゲンは、核兵器は戦争を防ぐものだと考えているとシーラじさんから聞いたことがあるけど、一旦使われるとそうじゃなくなるのか」とペルセウスもつぶやいた。
「もしそうなら、シーラじいさんが、それについて手紙を送ってくるはずだが、それはない」リゲルは不安を取りのぞいた。
5羽のカモメが下りてきて、「ごくろうさんだったな。ここからはおれたちがついて行く」と言った。
「今まで助けてくれたカモメは?」リゲルが聞いた。
「また北極海に戻っていったよ。おまえが、向こうにいるクジラが心配だと言っていたので見てくると言っていた」
「そうでしたか。今回もたいへん助けてもらいました」
「ミラが無事だったのが何よりだ。シーラじいさんも喜んでいた」
「ありがとうございます。また核兵器が使われたりはしていませんか」
「何回もアントニスたちに出会ったが、それはないような気がするがな。とにかく、急いで往復するだけで話をあまり聞いていないんだよ」
そのとき、別のカモメが下りてきた。「ベラがこちらに向かっているぜ」と知らせた。
「ベラか!おれたちも迎えに行こう」ペルセウスやシリウスが叫ぶと、みんなも急いだ。