シーラじいさん見聞録
その日の昼から事件は大々的に報道されはじめた。
それによると、衝突の原因は調査中だが、アメリアを中核とした同盟国は北大西洋で軍事演習をしていたとき、北極の資源探査をしていたチャイアの調査船10隻とそれを護衛する戦艦5隻が南進しているときに衝突が起きたということである。
同盟国側は、演習のことは事前に連絡していたのに、不意に攻撃してくるのは計画的としか考えられないと主張している。
また、チャイナは、事前の通告は聞いていたが、数百メートル先に着弾したことは、演習に名を借りた脅しと判断して応戦しただけだと声明を出した。
テレビには、激しい攻撃を受けて航行不能になった船の姿が映っていた。交戦は2時間以上続いたそうだが、さらにエスカレートしたら、取り返しがつかないことになっていただろうとニュースは伝えていた。
第二次世界大戦以後、地上での局地戦争は少なからずあるが、海での交戦は初めてだった。だから、慣れていないために、お互い引くに引けない状況に陥ると、全面戦争になり、前後の見境なく核兵器で決着をつけようとする国があらわれるかも知れないからだ。つまり、それは人類の滅亡を意味するのだ。
人間に自制が聞かなくなったのは、クラーケンの出現が原因だという分析がある。つまり、化石燃料の枯渇は時間の問題であり、どの国も必死で資源を探している。
海底の資源はかなり発見されているだけでなく、海を汚さない採掘方法も安価にできるようになっていた。
しかし、それを本格的にはじめようとすると、クラーケンに狙われる恐れがあった。実際、あちこちで、船が襲われて多くの死者が出ているのである。
だから、アフリカでの資源争奪戦が年ごとに激しくなっていたのが、今回の背景にあるのだ。
ジョンは、マイクとテレビを見ながら、「厄介なことになったな。せっかく計画が動きはじめたのに」と言った。
マイクはうなずいたが、じっと考えたままだった。しばらくして、「こんなことが起きても、オリオンの話を真面目に聞いてくれるかどうかだな」と応じた。
「オリオンはクラーケンを海底の国に戻して、海を平和にしたいと言っているんだろう?」
「そうだ。そうすれば、人間がいがみあうこともなくなるのに」
「クラーケンがいるから、海の資源を取りだせないというフラストレーションが今回の原因なんだろうな」
「オリオンは、そこには鉱石が山のようにあったと言っているじゃないか!人間は資源が喉から手が出るほどほしいわけだ。もしオリオンに対する動きがないなら、所長に頼んで何回でも言ってもらおうじゃないか」
「そうだ。この事件の解決は相当長引くはずだ。探査だけでもやろうと考えてくれるかもしれない」
「それがうまくいけば、オリオンの状況は劇的に変わるだろう」
「そうだよ。そうなれば、オリオンを言葉を話す生物兵器だと考える者はいなくなる。
遠い宇宙に行かなくても、人間のような、いや、オリオンに関しては人間以上だが、高等動物がすぐ近くにいたのだ。そうなれば、逆にオリオンを、奴隷のように使おうとする者が出てくるかもしれないがね」
「奴隷より、人間を助ける救世主になのだ」
「所長に会いにいこう」二人は、所長室に向かった。
リゲルたちは、ジムがミセス・ジャイロとカモメたちの機転によって助けられたことを聞いて驚き、喜んだ。
「ニンゲンどもはまんまとやられたわけだ」
「ミセス・ジャイロはニンゲンだぜ。しかも、とびきり美人の」
「まあ、そうだけど、おれたちの仲間のほうが勝っているよ」
全員の心に、何かしなければならないのという焦りがあったのだろう、ジムの救出を聞いて、それが一気に噴出したのだ。同時に、今度こそ海にいるおれたちが仲間を助けなければと思った。
そのために、全員でシーラじいさんの話を聞いた。オリオンを檻に入れて海に連れていくのは、、やはりオリオンはクラーケンの仲間と考えている証拠であり、囮にしてクラーケンそのものを捕まえようとしたからだ。
それにしても、小さいオリオンをそうするのは、言葉を話すことを知っているからだ。
今、サウサンプトンに向かう狭い海に近づくのは危険だ。
ニンゲンも警戒しているし、クラーケンたちもこっぴどくやられたそうだから、今はあそこにいないだろう。
まずクラーケンの動向を押さえたほうが早くニンゲンの、つまりオリオンの動きがわかるのではないかと考えて、全員でもう一度クラーケンの動きを探ることにした。
それで、アイルランドの南から東側をリゲルたちで、西側、すなわち、大西洋をミラ一人で見ることにした。
数日して、ミラが大慌て帰ってきた。ちょうどリゲルも戻ってきたところだった。
「何か起きている!」ミラが叫んだ。
ミラが大西洋の様子を一通り見て戻ろうとしたときだった。遠くで何かを感じた。微かな音が何度もあったのだ。
クラーケンがサウサウプトンの復讐をしているのかと思って、様子を見にいくことにした。
大きな船から、シューという音がして、何かが発射されていた。何を狙っているのかわからない。もしクラーケンなら、その姿は近くに見えるはずだ。
やがて、船の上にいた飛行機も飛びだしていった。何が起きているのかシーラじいさんに聞いてみようと急いで帰ってきたんだ」