シーラじいさん見聞録
さすがのシーラじいさんも、激しい戦いを終えてばかりなので、興奮していた。
しかも、体がいつも以上に左に傾いていた。
昔、軍隊長をしていたとき、友人を助けようとして、オオダコに左の腹びれをかじりとられたところを、またしても傷つけたのかもしれない。
しかし、しばらくして、ようやく我に返ったシーラじいさんは、誰かに、ボスがいる場所に案内させるべきだとあたりを見まわした。
そして、後ろに、子供がついてきているのがわかった。
「ああ、おまえたちも来ていたのか」と、子供と男に声をかけた。
「こいつは、戦いが始まるとすぐに飛び出していったんです。わしは、止めようとして追いかけましたが、やつらに囲まれて、見失いました。しかし、夢中で前に行き、こいつを見つけしたが、大勢の敵に囲まれても、どんどん向っていきました」男は興奮して言った。
「そうか。けがはなかったか」シーラじいさんは、その話を聞き、満足そうな顔でたずねた。
「いや大丈夫です」
「そうでもないようですよ」
その話を聞いていたオリオンは、子供のまわりを回って口を挟んだ。
「きみ、ここがかなりやられているぞ」
そこは、左の腹ビレだった。子供も、激しい攻撃にさらされたようだ。
「でも、ちゃんと泳げるから」子供は、あわてて言った。
「それは心配だ。あとでゆっくり治すさ」シーラじいさんは慰めた。
「ぼく、シーラじいさんと同じところをけがしたんだ」子供は得意そうに言った。
「あはは、きみは、ほんとにのんきだなあ」オリオンは、あきれたように言った。
シーラじいさんは、みんなで戦いを乗りきったことがわかり安心した。そして、気を引きしめて、取りかこんでいる敵に向っていった。
「誰か、わしらをボスのところまで案内してくれないか」
そのとき、後ろにいた隊長が前に出てきた。
「わたしがお連れします」
言葉遣いは変わっていた。シーラじいさんたちの力を潔く認めたのだろう。
シーラじいさんも、その言葉を聞いて、隊長の前で不動の姿勢をして礼儀を尽くした。
そして、「ありがとう」と静かに言った。
隊長は、先頭に立った。
シーラじいさんたちは、両側に並んだ大勢の魚の間を、まっすぐ前を見ながら進んだ。
ようやく、岩が切りたった城のような場所に着いた。
隊長は、「少しお待ちください」と言って、奥に入っていった。
しばらくして、隊長の後ろから、一匹の魚があらわれた。これがボスか。動きは少しおぼつかないが、目はするどく、あたりを威圧していた。この国の者や兵士は、じっと見守っていた。
「遠路よく来てくださった」その声は、沈黙の海に響いた。
「ところで、わしらに話があるということのようじゃが」
「そうだ。見たところ、貴殿の国は、何不自由していないようじゃ。それなのに、よその国に混乱を起こさせ、自分のものにしようとしている」
「そういうことか」
「そういうことは即刻やめてもらいたい」
「わしらにも生きる権利がある」
「それなら、他がどんなに苦しんでもいいのか」、
「ある噂が広がっている」
「どんな?」
「この世は、もうすぐ壊滅的な状態になるという噂じゃ」
「誰が、そんなことを言っているのか?」
「遠くから来て、またどこかに行く者たちが言っている」
「それで、こんなことをしているのか」
「わしらにも、どうすることができない。今できるのは、国を広げることしかできないのだ。犠牲を少なくして、国土を得るためには、ああするしかなかった。
わしらが、遠征でも行けば、留守の間に、どこからか攻められる不安がある」
「しかし、そのために、迷惑を受けている国がある」
「わかった。もう二度と行かないことを約束する」
ボスは、頭を下げた。もうこれ以上言うことはないので、シーラじいさんたちは引きあげることにした。
すぐに子供の親たちは待っている国に帰った。
男はすぐに話をした。
大勢の魚が集まってきた。「ありがとうございます」、「これで、また平和な国にもどれる」という声があちこちで聞こえた。
2匹の魚が前に出て、深く頭を下げた。「お互いが疑心暗鬼になっていたので、どうすることもできなかった。もう一度やりなおします」
「これからは、みんなを幸福にするようにな。それじゃ、わしらはお暇(いとま)しますぞ」シーラじいさんは、みんなに囲まれて挨拶をした。
泳ぎだしたとき、子供もついてきていた。
「今度はだめだ。お前はここに残れ。オリオンの家族を見つけなければならない。おまえも、家族とはなればなれになった気持ちはわかるだろう。それに、いつ、また、どんな敵がくるかもわからない。おまえは、ここに残って、みんなを助けるんだ。」
子供は、悲しそうな顔になった。
「オリオンが家族と会えたら、また、ここに来ることもあるだろう。そのときまでに、オリオンに負けないほど立派な青年になっておけ」
オリオンのやさしそうな顔にも涙が浮かんだ。
「お前は、大勢の敵に囲まれても、逃げずに、堂々と向っていった。この国には、おまえが必要なんだ。もちろん、ママと妹にもな」
シーラじいさんは、子供の顔をじっと見た。子供はうなずいた。
「お前に名前をつけてやろう。そうだ。ペルセウスにしよう。これはオリオンと同じように、空に輝く星になっている。
メデューサという怪物をやっつけた英雄だ。お前こそペルセウスにふさわしい。朝早く光りかがやく星を見れば、おまえの元気な姿を思いうかべよう」
シーラじいさんとオリオンは離れていった。子供は、母親と妹のそばで、小さくなっていく二つの影を、じっと見守った。