シーラじいさん見聞録

   

ペルセウスは、ヘリコプターの轟音の下で、「おいおい、これはどうしたんだ!」と叫んだ。
「またクラーケンが来やがったか」
「クラーケンて?」最近話をするようになった同じマグロの友だちが聞いた。
「クラーケンか。以前、大きなものが大挙して襲ってきたと言っていただろう。やつらのことをクラーケンというんだ」
「へえ」
「昔、船が大きなタコやイカに巻きつかれて沈んだという話があって、そいつらをクラーケンと呼んでいたそうだ。
もっとも、最初その言葉を聞いたのはシーラじいさんからだったがね。その後、ニンゲンもクラーケンと呼びだしたと思う」
「それはいっしょだ。タコやイカじゃなかったが、シャチやクジラが船にぶつかっていった。
船は傾いたが、ヘリコプターや別の船からの攻撃で沈没を食いとめた。ところで、シーラじいさんて誰なんだい?」
「ああ。ぼくの仲間だよ」
「きみもクラーケンか」
「ちがうよ」
「クラーケンでもないし、もちろん、ニンゲンでもない。ただ、つかまっている仲間を助けたいだけなんだ」
「ニンゲンにつかまっているという仲間だな」
「そうだ。いざというときは、きみらにも応援してほしいんだ。とてもぼくだけでは無理だ」
「まかせてくれ。ぼくにも仲間がいる。でも、また。あんなことがはじまったら、しばらく逃げるぜ」
「それはそうだ。ぼくらでもどうしようもない。ぼくも、高みの見学をするつもりだ。そのときはオリオンは出てこないから」
「オリオンて」
「つかまっている仲間の名前だ。そのことは、また話すよ。それじゃ、また」
ペルセウスは、友だちを行かせてから、一人イギリス海峡のほうに急いだ。

「ヘリコプターの音がすごいな」
「やつらがまた来たかもしれない」
アントニスとブラウンは小さな声で話していた。
「あのときは、取材で大勢の記者が来ていましたよ」ジャーナリスト志望のボブがはなしかけてきた。休憩時間になると、いつも二人に近くに来ていた。
まだ数日しか立っていないので、当たりさわりのないことしか話していないが、二人の話に興味を持っていた。
ヘリコプターが飛びまわっている音やスタッフが慌ただしく出入りする様子を見聞きすると、急がなければという気持ちが高まり、ボブに聞いた。
「病気やけがをした動物はどこで治療を受けるのかわかるか?」
「どこかわかりません。ぼくらはスタッフとあまり話をしませんし、奥には行けないのです」
「そこのごみはどうするのだろうか」
「スタッフがシュレッダーをしたごみは一か所に集められているので、それを回収するだけです。生ごみも、奥の外にあるボックスに入れられています。
その場所を知りたいですか」
「傷ついた動物はどうしているのか心配になって」アントニスは何気ないように聞いた。
「「古くからいる女性がいるので、聞いてみましょう」
「お願いするよ」
夕方、ボブは笑顔で近づいてきた。
それは、本館の地下室じゃないだろうかというのだった。獣医師と思われるスタッフが、地下室に行くのを何回も見たからだ。
アントニスは礼を言ったが、それ以上は何も言わなかった。
ホテルに帰ると、イリアスが、「クラーケンがまた来ている!」と叫んだ。
テレビでは、午前中からそのニュースがずっと流れているというのだ。
3人で、しばらくそのニュースを見てから、アントニスは、「クラーケンは大丈夫ですか。オリオンは地下室にいるようなので、そちらを探すように言ってください」とシーラじいさんに手紙を送った。
しかし、カモメを見送りながら、手紙はちゃんと渡せるだろうかと心配になった。

「オリオン、クラーケンがまた来たようだよ」マイクは急いで入ってくると耳うちした。
「ほんとうですか」オリオンは聞きかえした。
「ヘリコプターの音が聞こえるだろう。スクランブル発進をしているんだ」
「今どこにいるのですか?」
「大西洋の西からとイギリスとアイルランドの間からの2方向から来ているようだ。
それらが出会う場所を攻撃する作戦のようだ」
オリオンは、シーラじいさんたちが無事でいることを祈った。
「クラーケンがどこかの国の指令をうけていないのなら、どうしてこんなことをするんだろう?」マイクは、詰問といったふうではなく、科学者の立場からのように聞いた。
「オリオン、きみはどう思う?」
「クラーケンは、海が住みにくくなったのはニンゲンのせいだと思っています」
「それで、人間を攻撃するのか」
「だと思います」オリオンは強い口調で答えた。

 -