シーラじいさん見聞録
ミラは少し近づいたが、相手は離れようとしなかった。距離は縮まった。
影は3つあるようだ。しかも、まちがいなく自分の仲間だ。それにしても言葉が通じないとは。
「そうか。同じ仲間でも、住む場所がちがっていると、言葉が違うことがあるとパパは言っていた。しかし、あきらめずに、何回も話せば必ず通じるとも教えてくれた。
元々ぼくらの仲間は世界中を動いているから、パパも、そういうことは何回も経験しているのだろう。
しかし、『海の中の海』のボスになってからは、それができなくなったのだ。そして、ぼくは、今パパとはちがった旅をしている・・・」
ミラは、さらに近づいて頭を下げた。そして、もう一度、「こんにちは」と言った。
相手は同じように頭を下げてから、「コンニチハ」と答えた。それから、クスクス笑いだした。ミラも笑った。
ミラと3頭は、体が触れるほど近づいた。相手は、かわるがわるジェスチャーなどで話しかけてきた。「きみは、どこから来たの?」と聞いているようだ。
ミラもそれに答えた。「ずっと遠くから」
「一人なのか」
「そうだ」
「どうして?」
「家族とはぐれてしまった」思わずオリオンから聞いた話をしてしまった。
「それは困ったな」相手も気の毒がったようだった。
「家族はどこにいるのかわからないのか」
「わからない」
「でも、方向はわかるんだろう?」
「いや、狭い海の近くを通ったとき、突然、頭の中が痺れたようになったんだ。あわてて、家族に追いつこうとしたが、そこでまちがえたように思う」
「みんなで探してやろうか」
「いいよ。その狭い海に行けば、家族が待っていてくれるような気がする」
「そんな場所があるのか」
「おもしろそうだな」
「急いでいると思うけど、明日までここで待っていてくれないか。そこがどこにあるか、どうすればうまく通れるかパパに聞いてくるから」
「ありがとう」
「じゃ、明日」
ミラはすぐに戻った。そして、シーラじいさんたちに、今のことを話した。
「ここに、きみの仲間が大勢いるのか?」リゲルが聞いた。
「そんな様子でした。シーラじいさん、明日までここにいてもいいですか?」ミラが言った。
「そうしよう。ここの様子がわかるかもしれない」
シーラじいさんの了承を得て、しばらくの間、ミラはここに住んでいる仲間と親しくなり、リゲルたちはクラーケンたちの動向を探ることになった。
約束した場所まで行くと、すでにミラを探しているような声がした。
「ここだ」ミラも声を出した。
しばらくすると近づいてくるのがわかった。やがて影が近づいた。7つ,8つも見える。
「パパに聞いたけど、狭い海は知っているけど、どうしてそんなことになるのかはわからないと言うんだ。でも、お兄ちゃんが来てくれているんだ」昨日の声だ。
すると、一回り大きい影が前に出てきた。兄か。「こんにちは」ミラは挨拶をした。
「こんにちは」兄も、挨拶を返してきた。何回も練習してきたようだ。きっと心細いと思ってくれているのだろう。
「頭がおかしくなったって?」兄が聞いた。
「そうです」
「きみは、まちがいなく広い海からここに来たんだな」
「まちがいありません」
兄はしばらく考えていたが、「それなら、そこまで行ってやるよ」
「でも、危険です」
「そこを越さなければ、家族に会えないんだろう?」
「そうなんですが」
「それじゃ行くぞ」
ミラは少し後悔した。もう断ることができないし、今さらほんとのことを言うこともできない。でも、あそこで、どこに向かっているのかわからなくなったのはほんとだ。
シーラじいさんたちにはこのことを話しているから、少し時間がかかっても配はしないだろう。「急がば回れ」ということがある。いざとなればリゲルが助けに来てくれる。ミラは成りゆきに任せることにした。
「きみはいつも子供を連れているんだね」その声に振りむくと、アメリカ人らしい白人がにこにこ笑っている。
「あっ、そうなんだ。妻が病気で」アントニスはあわてて答えた。
「きみも新聞記者なのかい?」
「そうだ。アテネにあるイ・カシメリニという新聞の臨時記者だ。ぼくは、アントニス。アントニス・アンドレラ。そして、息子のイリアスだ」
相手は、手を差しのべて、「ぼくはダニエル・ブラウン。ロサンゼルス・タイムズの記者をしている」と自己紹介した。
それから、イリアスに、「イリアスか?どこかで聞いたことがあるが、何才だい?」と聞いた。
「6才」イリアスも、握手をしながら答えた。
「学校は?」
「そういうわけで、学校は休ませている」アントニスは口をはさんだ。
「そうだな。こんな仕事では両立できないものな」
「勉強が苦手だということもあってね」
ダニエル・ブラウンは大きな声で笑った。「ぼくにも、同じ年頃の子供がいる。そして、学校は大嫌いだ。どうだい?今夜、食事でも」