シーラじいさん見聞録

   

「ぼくは何にも知らない。でも、シーラじいさんのように、いろんなことをおぼえて強くなりたい」
「そうだ。しかし、わしは、そんなに知っちゃいない。しかも、受け売りのことが多い。おまえは若い。自分の目で見て、耳で聞いて、真理を見つけていくことだ。
それが、力の源だ」
「でも、ぼくにできるだろうか」
「大丈夫だ。おまえは勇気とやさしさがある。今度、パパやママと会ったら、おまえの成長ぶりにおどろくだろう。とにかく、今は、どこかで休もうじゃないか」
オリオンは、空中に飛びあがり、体をひねって、あたりを見わたした。また、どこかに行っては、キリキリというクリック音は出して、休める場所を探しつづけた。
しばらくして、オリオンが帰ってきて、「見つかりました」と息を切らして言った。
シーラじいさんは、オリオンの向うほうについていった。
オリオンは、「あそこ、あそこ!」と叫んだが、シーラじいさんはわからなかった。
ようやく真っ青な海の上に、10メートル四方ぐらいの岩が突きでているのが見えた。
そこをもぐると、岩は、階段状に大きくなっていた。そして、踊り場になっている部分は、サンゴ礁の群落だった。
無数の魚が忙しく泳ぎまわっていた。楽園そのものであった。
シーラじいさんは、階段の下に行ってみた。洞窟のような穴を見つけた。そこにおそるおそる入ってみた。
そういう洞窟は、もうすでにだれかの住処(すみか)になっていることが多い。もしサメのような凶悪な者がいたら厄介だと警戒したが、だれもいなかった。
カニや小さな魚があわてて出てきたぐらいだ。
おあつらえ向きの場所があったものだ。食料にも困らないようだし、何より、この暗闇は気分が落ちつく。
日光が差しこむ海の中を、赤や黄色の縞模様の魚が無邪気に遊びまわる光景は、シーラじいさんも美しいと感嘆したが、しばらくすると、どうも落ちつかなかった。明るさが邪魔なのだ。
シーラじいさんが、その洞窟で、じっと休んでいる間、オリオンは、あちこち動きまわった。
しかし、夜になると、シーラじいさんの近くから離れないようにした。
2、3日すると、傷も癒え、疲れもすっかり取れた。体の隅々まで生気が行きわたるようだった。
こんなときは、無理かもわからないと思ったことが易々とできるように感じるものだ。
オリオンは、もうすぐ親と再会するだろう。わしも、何とか国に帰れるだろう。そうしたら、みんなどんな顔をして、わしを迎えるかな。
シーラじいさんは、にやにやしながら、また眠りについた。
ぼくらも、時間があったので、シーラじいさんが言っていた食物連鎖や進化などについて話しあった。
生物に詳しい多田さんが、まず食物連鎖について説明した。
その後、進化について、小川さんが話をしたが、地球の誕生について、もう一度おさらいをしなければならなくなった。
そこで、倉本さんが、140億年前にビッグバンにより宇宙ができたことから、50億年前の太陽や地球の誕生などをわかりやすく解説をした。
なぜなら、進化は、隕石の落下や、大陸の移動、地球の凍結などと関係があるからだ。
環境が劇的に変化して、絶滅するも者、隙間を埋めるかのように、その環境に適応して、新たに繁栄する者が出てくるのだ。
だから、隕石の落下などで恐竜が絶滅していなかったなら、人間が属している哺乳類も、今のような姿をしていなかった可能性があるとのことだ。
シーラじいさんの祖先は、大昔、鯛のような形で陸の近くにすんでいたそうだ。また、オリオンの昔の仲間も、陸上で生活をしていたが、海にもどっていった。
今の環境に合わすのではなく、自分に合った環境を探すのも進化といえないだろうかと、小川さんが問題提起をした。
「環境は、気象条件だけではなく、食物連鎖の中の天敵の存在も含まれるのだろう?」と、理論派の山口さんが口を挟んだ。
それについて、5億年前のカンブリア紀のことを、小川さんが話した。
「とにかく、進化という言葉には、無条件にすばらしいというイメージがありますから、人間がかんちがいするのです」
「それでは、どういう言葉がいいの?」久しぶりにもどってきた山田さんが聞いた。
「応化でしょう」
「応化?」
「環境に合わすという意味です」
「人間は、今さら海に戻れないものなあ」年配の藤本さんがつぶやいた。
「でも、人間の知能は進化そのものでしょう?」その声は、昨日もどってきた高島さんだ。
「それはですね」小川さんが、話をしようとしたとき、オリオンがやってきた。
洞窟に向って、キィ、キィと呼んだ。
しばらくすると、シーラじいさんが顔を出した。
「何か見つかったか」
「いいえ、聞いても知らないという言葉ばかりでした。でも、友だちができました」
「友だち?」
「ぼくより少し小さい魚です。サンゴ礁の端にいて、何か淋しそうでしたので、『こんにちは』と声をかけました。でも、返事もしないで、どこかへ逃げていきました。
しばらくすると、またもどってきていました。
また、『どうしたんだ、何か困っているのか』と言っても、何も答えません。それで、ぼくが、迷子になっていることを言うと、自分のことをしゃべりはじめました」

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