シーラじいさん見聞録

   

「そんなものがいたのか!」オリオンは驚いた。
「あまり見かけない仲間だったようです。5,6頭ぐらいいたと言っていました。
友だちの話では、ぼくのパパやママは、『まだ子供が帰っていない』と断わったそうですが、『とにかく行ってくれ』と急かしたらしいです。
そうだ!その友たちが近くにいます。呼んできます」子供は、どこかへ行ったかと思うと、二人で帰ってきた。
しかし、新しい子供はオリオンから離れたままだ。先の子供も困ったような表情をして、友だちを見ていた。
「大丈夫だからこっちへ来いよ。何か役に立てるかもわからないから」オリオンは声をかけた。
最初の子供も横に行き声をかけた。子供はおそるおそる近づいてきた。
「怖かっただろう」オリオンが声をかけると、黙ってうなずいた。
「大丈夫だよ。ぼくらはきみの味方だから」オリオンは慰めるように言った。
子供は、それには答えず、堰(せき)を切ったように話しはじめた。
「すぐ来てくれと言うものだから、そこにいたものは全員ついていったんです。
しばらくすると、シャチやクジラなども集まっていたので、あわてて帰ろうとすると、そいつらは、『みんな海を守ろうとしている仲間だ。ぼくらを襲うことはない。おれたちの後について来い』と言って、どんどん前に進みました。
岸に近づくと、突然激しい音が響いて、みんな真っ赤な血を流してひっくりかえりました。何が起きたか全くわかりませんでした。幸い、ぼくは大人の後ろにいたので、無事でしたので、無我夢中で潜りました。
しかし、パパやママが心配で、もう一度戻っていくと、先ほどのイルカがいて、『ニンゲンがおれたちを殺そうとしているはまちがいないだろう。早く行って船を止めるんだ』と叫んでいました。しかし、恐くなって、また逃げました。
夜になったので、様子を窺いながら、家に帰りました。20頭ぐらいの大人や子供がいましたが、パパやママはいませんでした。
みんな、どうやって逃げてきたか震えながら話していました。
夜遅くなって、この子に会いました。家に帰ると誰もいないのであちこち探していたそうです」
今度は、最初の子供が話し初めた。「それで、起きたことを聞いて、2人でパパやママを探しにいくことにしました。
しばらく行くと、月の光で何か浮いているのが見えたので、近づくと死んでいました。
慌てて逃げました。ジャンプして、まわりを見ると、あちこち浮いています。
そこで夜が明けるまで待つことにしました。少し明るくなったので、先に進むと、ぼくらの仲間だけでなく、シャチやクジラも死んでいました。
それでも、何とかパパやママがいた場所まで行こうとしていたとき、船が見えました。
何をしているかそっと見ていると、死んだものを回収しているようでした。
それで、少し戻って、これからどうしようかと考えていたところです」
「そうか。辛い目にあったな。でも、きみらのパパやママは逃げのびたかもしれないよ」
オリオンは2人を慰めたが、ここに住んでいるものをそうして集めたか。海のものの死体を、ニンゲンに見せつけるためにと愕然とした気持ちになった。
「きみはどこから来たの?やつらと同じ仲間か」最初の子供が聞いた。
「いや、ちがう。あのイルカたちは争いを起こそうとしているんだ。ニンゲンは決してぼくらを襲うことはない。それはきみらも知っているとおりだ」
「最初やつらの話を聞いたとき、ニンゲンはいつもぼくらを大事にしてくれるのにと思ったよ」
「それじゃ、あのイルカたちも別のものにだまされたのかもしれないな。逃げてきた大人の話では、ものすごく大きいサメがぼくらを見張っていたと言っていた」
「そうか」
「そのサメも何十頭といたけど、一頭のシャチが命令していたそうです」
「ほんとか!どんなシャチだった?」
「ぼくは見ていないが、顔に大きな傷があったそうです」
オリオンは、それ以上は聞かなかった。
「一度家に帰ったほうがいいよ。ぼくらも、しばらくここにいるから、何かあったら、また来いよ」オリオンは2人を見送った。そして、リゲルたちのところに急いで戻り、今聞いたことを言った。
「やはりベテルギウスか!」リゲルが叫んだ。
「シーラじいさんの許しがあれば、ベテルギウスかどうか確認しよう。もし本人なら、ぼくが話をする」オリオンは自分の考えを述べた。
「それのほうが、早く手紙を渡して海底のニンゲンを助けることができる。そして、こんなに犠牲を出さなくてもすむ」
シーラじいさんは、オリオンから話を聞いて、「おまえの気持ちはわかる。しかし、おまえに何かあれば元も子もない。しばらく様子を見ることじゃ」と答えた。
「でも」
「『急いては事を仕損じる』じゃ。クラーケンたちは、地中海を進みながら、大きな港で同じことを繰りかえしているはずじゃ。
ニンゲンは、おまえが聞いてきたことがすでにわかっているかもしれない。そうすると、そこに元々いるものとクラーケンたちと会わせないようにするじゃろ。
そうなると、わしらは狙い撃ちされる恐れがある」みんな黙って聞いていた。
「もう少し様子を見ることじゃ。必ず出口が見つかる」シーラじいさんは、そう言って海底に向った。
ミラは、慰めるためか、オリオンに近づいてきた。
「おもしろい子供がいるよ。ぼくが海面に上がると、いつも岩にすわってこちらを見ているんだ。いっしょに見にいかないか」

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