シーラじいさん見聞録

   

「よし、ぼくの背中に乗せてくれ」ミラは、そう言うか早いかオリオンの下に入った。
そして、そのまま動きだした、リゲルたちは、オリオンが落ちないようにしながら、ミラについていった。
そして、海面が近づくと、ミラはさっと横に動いた。静かに動いたつもりだったが、オリオンの体は、波に乗って転がった。リゲルたちは駆けよって、オリオンが沈まないようにした。なんとかオリオンの体をまっすぐにした。
みんな、オリオン、オリオンと声をかけたが、オリオンは返事をしない。死んだように両目をつぶっている。
リゲルは、オリオンの体を調べた。しかし、どこにも外傷がないし、心臓もちゃんと動いているようだ。
「硫化水素を吸いこんでいたら即死だったはずだ。こうしてまっすぐ浮いていられるのは生きている証拠だ」とリゲルは、シリウスやベラ、そして波を立てないようにゆっくり戻ってきたミラに言った。3人とも笑顔でうなずいた。
ミラが、「それじゃ、ぼくがシーラじいさんを呼んでくる」と言ってすぐに消えた。
翌日、シーラじいさんが来た。しかし、オリオンの意識はまだ戻っていなかった。
シーラじいさんは、オリオンの様子を調べてから、みんなから、特に、シリウスから穴に入ったときの様子を聞いた。シーラじいさんは、じっと聞いていたが、ようやく話しはじめた。
「確かに硫化水素を吸っていないようじゃな」
「それなら、どうして、止まったときにすぐに逃げなかったのでしょうか?」リゲルが聞いた。
「うむ。どうしたんじゃろな。オリオンが、穴のまわりの住民から聞いたように、穴の中は枝分かれしていて迷ったかもしれないな」
「オリオンは大丈夫でしょうか?」ベラが聞いた。
「どこを調べても異常がない。心臓も動いている。限度まで海にいたので、脳に酸素が行かなかったかもしれないぞ」
「そうであれば、どうなるのですか?」
「死んでしまうこともあるし、障害が残ることもある」
みんな顔を見合わせた。「状況から推察するに、オリオンは、酸素を蓄えてから1時間30分で意識を失っている。おまえたちは訓練をしているので、自分の仲間の倍耐えられるはずじゃ。それが不思議じゃ。高い水圧と関係があるかもしれんな。とにかく、もう少しオリオンの様子を見てくれんか」みんな納得した。
リゲルは、オリオンのことも心配であったが、ペルセウスの消息がわからないのも気になった。オリオンを任せて、一人で穴に向かった。
硫化水素が噴きだしていたので、離れた場所を見てまわった。何の気配もない。
また、穴の近くに戻った。ようやく止まったので、さらに近くまで近づいた。
そのとき、「あの子供は大丈夫だったか?」という声がした。子供の声だ。
あたりを見渡したが、どこにいるのかわからない。
「穴のまわりにいるものの一人だよ。でも、そんなことは気にしないでいいよ。普通にしゃべってくれたら聞こえるから。
あの子がぐったりして浮いてくるのを見たんだ」
「オリオンは上に運びました。まだ意識はありませんが、どこにも異常はありませんので、いずれ回復すると思っています」
「そうか。それなら安心だ。ぼくらも、きみらの夢に共鳴しているんだ。だから、あの子に何かあったら思うと、気が気じゃなかった。もっと調べればよかった」
「そうでしたか。あなたが、穴についてオリオンに教えてくれたのですね?」
「いや、ぼくらは動けないので、別のものが動いてくれたんだ。
しかし、それはたいしたことじゃないよ。あの子には勇気がある。仲間がいなくなったんだろ?その仲間を助けるために、命がけで入ったんだから」
「それもご存知なんですね」
「もっと情報を集めてやれば、こんなことにならなかったと後悔しているよ」
「いや、穴の中が枝分かれしていることを教えていただいていたので、オリオンは安心して入ることができたのです」
「そう言ってくれたらうれしいよ。ぼくらも、きみらの夢に心から共鳴している。いっしょに行きたいが、動くことができないのでね。ここで役にたちたいんだ」
「そう言っていただけると心強いです。オリオンが回復すると、みんなでこの穴に入るつもりです」リゲルはお礼を言って、その場を離れた。
それから数日して、オリオンの意識が少し戻ってきた。「オリオン」という声に反応しはじめたのだ。しかし、まだしゃべることはできなかった。
そして、片目を開けた。みんな駆けよって、オリオン、オリオンと励ました。
イルカが寝るときは、脳の半分ずつを休めるために、片目を開けて寝るが、今、片目しか開けないのは、まだ脳が十分働いていないからだろう。
しかし、オリオンのそばにつきっきりのベラにとって、これ以上うれしさはなかった。
「またオリオンと冒険が続けられる」そう思うだけで、どんなことにも耐えられそうに思えた。そして、片目を開けているときには、いつも話しかけた。
ベラが、いつものように話かけていると、「ベラ、ありがとう」とゆっくりではあるが、はっきり言った。
ベラは、「みんな、来て」と叫んだ。オリオンのまわりを警戒しているリゲル、ミラ、シリウスが集まってきた。「オリオンが話したわよ」
すると、オリオンは、みんな、ありがとう」と言った。
ミラは、また真下にいるじいさんを呼びにいった。オリオンは、シーラじいさんを見ると、「ああ、シーラじいさん」と叫ぶように言った。

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