シーラじいさん見聞録

   

シャチたちは驚いて振りかえった。そして、全員でじっと見ていたが、リゲルが自分たちの仲間で、しかも年若い者だとわかったようでリゲルが入る場所を空けてくれた。
1人が、「おまえも野次馬か?」と声をかけてきた。
「そんなとこです。みなさんが立ちどまっているので、何かあったのかと思って」
「わしらも、あまりここを通らないのでよくわからんが、何でもあそこに大きな者がいたらしいが、それが、目玉が光る連中と戦ったようだな」
「大きな者のことはよくわからんが、目玉の光る連中は時々見るやつだな。誰かと喧嘩するようには見えんがな」他の者も言った。
目玉が光る連中と言われている潜水艦が数隻城のまわりで動いていた。
全員それを黙って見ていた。
「おれたちは海で一番強いと思われているが、これじゃ安閑とできないな」しばらくして誰か言った。
「気の弱いことを言うな。一番強いやつをやっつければ、また一番になれるさ」別の者が答えた。
「確かに。しかし、まずおまえの女房をやっつけなくてはな」
「ばか言え」笑いでみんなの体が揺れた。
「まあ、何が起きても、いずれ誰もが納得するようになる。それが海の決まりだ」
最初の男が話をまとめるように言ったあと、リゲルに聞いた。
「ところで、おまえの家族はどうした?」
「何か起きているようだから、見てこいとパパに言われたのです。
家は家族が多いので、なるべく危険な場所は避けなければならないからです」リゲルは最初に決めていたように答えた。
「そうだな。おれたちも、いつまでもここで油を売っているわけにはいかん。
女房子供を食べさせてこそ一人前だからな。パパによろしくな」
そういうと、5人のシャチの男たちは泳ぎだした。
「ありがとうございます。またどこかで」リゲルも挨拶をして、男たちが闇に消えるまで見送った。
オリオンも、情報を集めるために走りまわっていた。しかし、自分の仲間だと認めて追いかけてもなかなか追いつくことはできなかった。
シャチは襲われることはないから、用事がないときはのんびり泳いでいるが、他の者は敵に捕まらないように常に急いでいるからだ。
しかも、ここは沖合なので、仲間と出会う機会はほとんどなかった。シリウスやベガも同じだった。
しかし、他の者が何か情報を得ていないか確認するために、1日1回はシーラじいさんがいる場所に行った。
ある日、偶然リゲル、オリオン、シリウス、ベガが揃った。
ミラとペルセウスはまだ帰っていなかった。
「シーラじいさん、捜索範囲を広げてもいいですか」リゲルが提案した。
シーラじいさんはじっと考えた。シーラじいさんも、なかなか情報が集らないことはわかっていたので、次のことを考えはじめていたからだ。しかし、際限もなく捜索範囲を広げてもいいものかどうか。
「そうじゃな。ミラが帰ってきたら、おまえたちの仲間をどこで見たか聞いてから決めるとしようか」シーラじいさんはそう答えた。
それまで、城の様子を調べることにした。久しぶりに4人で泳いだ。
ベガはうれしかったが、態度に出さないようにした。
半分の距離まで来たとき、向こうから何か音を感じた。何かがこっちに向ってくるようだ。しかもかなり早い。
「誰か来ますね」シリウスが不安そうに言った。この深度は往来が少ないので、なるべくここを通ることに決めていた。障害が少ないし、仲間とも会う率が高まるからだ。
4人は、念のために広がって様子を見ることにした。
何かの勢いは落ちなかった。そして、それは一瞬のうちに通りすぎた。
「今のはペルセウスじゃないか」リゲルが叫んだ。その声で他の者が戻ってきた。やがて突進していった影も戻ってきた。やはりペルセウスだった。
「よかった」ペルセウスは大きな声を上げた。
「ペルセウス、どうしたんだ?」リゲルも叫んだ。
「ミラがたいへんです」
「ミラが?」
「潜水艦を襲いだしたんです」
「どういうことだ?」
「よくわからないんです。ぼくが、潜水艦がライトを照らして城を調べているのを見ていたら、1隻の潜水艦の光が激しく動き、消えてしまったんです。
どうしたのかなと思って、そちらに行くと、大きな者が潜水艦に何回も体当たりしているのが見えました」
「やつらではないのか?」
「ぼくも最初はそう思ったけどちがった。まちがいなくミラです」
「とにかく行こう」急いで城に向った。
城に近づくと、いつもは4,5隻いる潜水艦が1隻だけしか認められなかった。他の潜水艦は逃げたのだろうか。
やがて、その潜水艦に大きな影が近づきつつあった。
「ミラだ」オリオンは叫ぶと、全速力で泳ぎだした。「ミラ、やめろ。そんなことをしても何の意味もない」
潜水艦も、ミラを避けようと大きく動いていたが、ミラは追いかけていた。
オリオンは、ミラと潜水艦の間に向った。リゲルもすぐに追いかけた。
オリオンは、「ミラ、やめろ!」と何回も叫んだ。ミラの勢いで、オリオンの体は潜水艦のほうに押されていった。ミラがそのまま潜水艦に体当たりでもしたら、オリオンは押しつぶされるかもしれない。
潜水艦まで10メートル近くまで接近したとき、ミラは潜水艦を避けて一気に上昇した。しかし、潜水艦は、その勢いで大きく傾いた。ようやく体勢を取りもどすと全速力で逃げた。
リゲルたちは、オリオンに駆けよった。オリオンは無事だった。
そのとき、ミラが、みんなのいる場所に戻ってきた。
リゲルは、「ミラ、どうしてあんなことをするんだ!」と叫んだ。
「やつらは、ぼくの邪魔ばかりします」と興奮して叫んだ。
「ミラ、きみの気持ちはわかる。でも、冷静になってくれ。ニンゲンは敵じゃないんだ」と言った。ミラは何も答えず、またどこかに向った。

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