シーラじいさん見聞録
壁にぶつかる大きな音が続いた。奥から大勢集ってきた。見回り人たちが無事に帰ってきたのを見て歓声が上がった。
しかし、見回り人たちは、その歓声に応えることなく、そのまま腹を見せて大きく息をしている。目はうつろだ。
体が震えている者がいる。作戦を遂行しているときは無我夢中だったが、今恐怖感に襲われているようだ。
見回り人は日頃から訓練を受けているが、攻撃をするためではなく、仲裁するときに身を守るためのものだから、攻撃をしたこともはじめてだし、ましてやボスほどもある巨大な者に攻撃するのもはじめてだったのだ。
シーラじいさんは、一人一人を見てまわった。もし大けがをしていたら、すぐに治療にかからなければならないからだ。
シーラじいさんの動きに気づいた医者たちも、見回り人の息遣いを調べたり、下に潜って外傷を調べたりした。
院長は、「全員息が荒いですが、時間が来れば落ちつくと思います。
心臓そのものに異常はないようです。ただ、2人の背中と脇腹に大きな打撲があるので、奥で治療します」と、長老やシーラじいさんに診断結果を報告した。
医者たちは、二人を腹ばいのまま押していった。
シーラじいさんは、まだ幹部と友だち、上官、見回り人の一人がいないのが気になった。
シーラじいさんは、まだ回復していないオリオンの横で、上官たちはどうしたか知らないかと聞いた。
オリオンは、まだ腹を大きく波立たせながら、「わかりません。逃げろという声が聞こえたので、無我夢中で逃げたので」と絞るような声で答えた。
そのとき、幹部と友だちが飛びこんできた。
「みんな帰ってきましたか?」幹部は、大きな声でシーラじいさんに聞いた。
シーラじいさんは、8人帰ってきて、2人は治療のために奥に行ったことを伝えた。
幹部はうなずくと、「2人が亡くなりました」と残念そうに言った。
シーラじいさんは、上官と見回り人だということがわかった。
上官と友だちが帰ってきたのに気づいた見回り人たちは、必死に集ってきた。
「ご苦労だったな。作戦は成功だ。敵は、頭を激しく打ったため、方向感覚や認知能力を失って動けなくなった。
そして、おまえたちの攻撃に耐えきれず、沈んでいった」
みんなの顔に笑みが浮んだ。しかし、幹部の顔が曇ったので、次の言葉を待った。
「残念ながら、おまえたちの上官と同僚の一人が犠牲になった」
見回り人たちは、自分のまわりを見まわした。そして、何十倍とある凶暴な敵に一緒に向っていった仲間ともう二度と会えないことを認めざるをえなかった。
しかし、全員呆然としたままだった。まだ感情を出せないほど疲れていたのだ。
しかし、幹部は続けた。「2人は勇敢に戦った。作戦の要となる任務を志願した上官は、おまえたちを逃がした後もその場で敵を待った。
そして、寸前に身をかわしたが、逃げきれずに、敵が体の一部を押しつぶしてしまった。
すぐに助けようとしたが、仲間が来てできなかった。
おまえたちの同僚は、逃げる方向をまちがい、敵に襲われた」
幹部は悔しそうに状況を説明した。
そのとき、見回り人の一人が、「幹部」と前に出た。
「わたしは、上官の命令を待たずに持場を離れてしまいました。
わたしが、2人を殺したようなものです。申しわけございません」と叫んだ。
すると、もう一人前に出て、「わたしが最初に離れました。とても恐くて、どうしようもありませんでした。どうかわたしを罰してください」と泣きながら言った。.
「いやいや、おまえたちのせいではない。おまえたちは、すぐに戻っていって攻撃したのを見ている。全員でやつらを攻撃したんだ。
おまえたちは自分を責めるのではなく、2人が勇敢に戦ったことを忘れないようにすることだ」幹部の声も震えていた。
そのとき、ペルセウスが戻ってきた。幹部の前に行き、「作戦が成功したことを報告してきました」と大きな声で言った。
「ごくろうだった」
「それぞれの避難所の者は、直接逃げこむのではなく、なるべく長くひきつけるために、何回か迂回したそうです」
「勇敢に戦ってくれたようだな。みんなはどうした?」
「はい、幹部から、連れてかえるように命令を受けましたが、それを伝えると、それぞれの避難所の者が、ご好意はありがたいのですが、敵はまだ2人いますので、今後の作戦が決まるまでは、ここにいるというのです。
帰還命令なら仕方がないが、もう一度聞いて来てくれて言うことなので、今回は一人で帰ってきました」
幹部は黙って頷いた。
そして、「そこを考えている。急がなくてならないが、同じ作戦をとることはできない」と言った。
幹部は、シーラじいさんの方に向いて、「報告が遅くなりました。今お聞きのとおり、教えていただいたことを頭に入れて、作戦は成功裡に終りました。ありがとうございました。今後のことでまたお話をお聞きしたのですが」と聞いた。
「いやいや、全員の勇気の賜物だと思う。やつらは、仲間を殺された怒りが心頭にまで達していることじゃろ。その怒りをどのように逆手に取るかじゃろな」
幹部は深く頷いた。
そして、見回り人たちに、しばらく休めと言って、、友だちを連れてまた出かけた。
ペリセウスもすぐに出かけた。敵は改革委員会の部屋近くにとどまるだろうから、この近くで偵察するというのだ。
見回り人たちは、次の作戦に備えて、奥で休むことになった。娘は、オリオンと話がしたかったが、遠くから見守ることしかできなかった。
しばらくして、ペルセウスが飛びこんできた。
「どうしたんだ?」それに気づいた者が叫んだ。
その声に休んでいた見回り人たちも飛びおきた。奥からも大勢出てきた。
「上官とともだちが襲われているぞ」ペルセウスの高い声が部屋に響いた。
「どこだ?」見回り人が叫んだ。
「病院だ」
「病院!」一気に緊張が高まった。病院はそこだ。今やつらと戦った場所だ。
見回り人たちは我先に飛びだした。広場を横切り、広場と病院を分けるぶあつい壁を越えた。
確かに遠くで影がめまぐるしく動いている。近づくにつれて、小さな影が空高く飛びだし、それを大きな影が追いかけているのが見える。海にぶつかる音が大きくなってきた。
幹部と友だちが危ない。みんな恐怖など忘れて、我先に敵に向かっていった。
そのとき、向こうから何かが向ってきた。
「おまえたち、すぐに戻れ!」と叫んだ。幹部だ。