シーラじいさん見聞録

「この作戦には、がむしゃらに向かっていく勇気ではなく、恐怖に耐える勇気がいる。
それは、おまえのように経験を積んだ者しかもっていないものだ。
ありがとう、よくいってくれた。これで、何か起きても、作戦を続行できる」
上官は、それを聞くと、何か吹っきれたような表情を見せた。そして、幹部に一礼すると、「壁の前で任務につく者はすぐに集れ」と号令をかけた。
オリオンを入れて９人全員が集った。よく見ると娘がいた。上官が驚くと、「自分もその任務につきたい」と申しでた。
上官は答えに窮した。壁を見えなくするためにはなるべく大勢いるほうがいいのだが、訓練を受けていない者でも構わないのかどうか判断できなかった。
幹部に相談をするためにその場を離れた。
「大丈夫か？」オリオンが娘に聞いた。
「大丈夫。上官の合図で逃げるだけでしょ」と平気な顔で答えた。
しばらくして上官といっしょに来た幹部は、「お嬢ちゃんはうれしいことを言ってくれる。
パパが言うように男以上に勇気がある。でも、今回は遠慮してもらうよ。
もしきれいな顔にけがでもしたらお嫁にいけなくなるからね。留守番をすることも勇気がいるんだ」と笑顔で言った。
娘は、「おじさん、わたしが途中で逃げるとでも思っているんでしょ！」と抗議した。
「いやいや、絶対そんなことは思っていません」幹部は笑顔で否定した。
「いいから、医者の手伝いしてきなさい」横にいた父親が一喝した。
娘は怒ったような顔で奥に行った。
幹部は、娘を見送りながら、「あの子は、普通の女の娘じゃないな。静かになったら訓練を受けさせたらどうだ？」と友だちに言った。
友だちは、「いやいや、何も知らないだけだ」と、娘のことはもういいだろうというふうに答えた。
壁の前で任務につく者がそろったのを見ると、幹部の顔から笑顔が消え、「それじゃ、後を頼むぞ」と言いのこして、二人で出口に向った。
ペルセウスが、敵の３人が三角形の真ん中あたりに集っているのを報告する手筈になっているからだ。それが作戦の開始を意味するのだ。
ペルセウスは、許可がないのにここに入ろうとした者を、自分よりはるかに大きいにもかかわらず、一人で追いかえしたことがあった。その豪胆な性格は、彼をさらに成長させていた。
自分の何十倍とある敵に追いかけられても、ペリセウスは、できるだけ引きつけて、さっと背後に回ることができた。
また、ペルセウスはマグロの仲間なので、鯨やイルカ、サメのように遠くのものを認知できないはずだが、２、３００メートルぐらいなら、大体の大きさもわかる能力を身につけていた。
ペルセウスは、「そのとき」が来なくても、必ず一日一回は報告に帰ることにしていた。
「なかなか３人揃いません。今日は二人が真ん中でゆっくりしていたのですが」などと報告した。
幹部は、「やつらはあせっているのだ。手分けしておれたちを探しているようだ。これからの充分注意して任務に当たってくれ」とねぎらった。
４日目ペルセウスは帰ってこなかった。「どうしたんだろう？」みんなは顔を見合わせた。
「シーラじいさん、ペルセウスを探しにいってはいけませんか？」とオリオンが聞いた。
「幹部たちが今協議しているはずじゃ」シーラじいさんも心配顔で答えた。
５日目の朝早く、幹部と友だちは、言葉には出さなかったが、すぐにでも動きだすような様子だった。それはペルセウスの捜索か、あるいは、一気に作戦に取りかかるのか。
上官たちは近くで指示を待った。
そして、緊張が高まったとき、ペルセウスが帰ってきた。
「心配かけました」さすがのペルセウスも相当疲れていた。
「何かあったのか」幹部が、ほっとして聞いた。
「ようやく３人が揃ったので、今だと思い、戻ろうとしましたとたん、３人はものすごい早さで、どこかに向いました。
一瞬迷いましたが、もし作戦に影響が出ることが起こっているのならたいへんだと思い、様子を見に行くことに決めました。
深さを保ってやつらが向った方向に進むと、何かが激しく動いているような動きを感じました。
胸騒ぎを抑えつつ、徐々に上に行くと、もう何の動きもなく、やつらがその場を離れるのが見えました。
わたしは、さらに上に向いました。しばらく行くと、何か浮んでいました。あっと叫びました。それは体の一部でした。
誰かやられたんだと思い、どうしようかと迷いましたが、本部に戻りより、友だちがいる避難場所のほうが近いようなので、そっちに行くことにしました。
穴を何ヶ所か探して、ようやく、リゲル、いや、作戦を負かされている見回り人と数人の者を見つけました。
友だちが無事だったことはほっとしましたが、みんなの顔には、わたしが来たことの驚きと何かの不安が混じった表情があるのがわかったので、わたしは、今見てきたことを話しました。
その場にいた者が、「やられてしまったか。あれだけ注意をするようにいったのに」と声を上げました。
友だちが言うのには、ある見回り人がどうしても練習をしたいというので、１回だけならと許したということでした。そして、ぼくが認めなかったらよかったと悔しがりました。
しかし、ペルセウスが帰るとき、リゲルは、「幹部には、任務をしっかりやるので心配しないでほしいとのことです」と報告を終えた。
幹部は頷いた。「やつらは、血を見て興奮しているはずだ」
ペルセウスはすぐに任務に戻った。
その日の夕方、出口にいる幹部と友だちの前に大きな水柱が立ったと思うと、中から黒いものが飛びだした。そして、空中でくるりと回転して海に落ちた。
ペリセウスだ。「やつらが揃っています！」
「よし、作戦開始だ。後は頼む」と叫ぶと、二人は急いで出ていった。

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