シーラじいさん見聞録
ペリセウスの声がオリオンを一気に現実に戻した。
今のは夢だったのだ。幹部と娘のパパは作戦の準備のために出かけたはずだが、もう帰ってきている。長い間夢を見ていたのか。作戦が終ったのではないかと思うと体が締めつけられそうになった。
ペリセウスは急いで体を動かした。
「オリオン、そっちは出口だ。そんなにあわてなくていいよ」とペリセウスが後ろから叫んだ。
「ふらふらじゃない。またぶつかるわよ」娘の声が聞こえた。しかし、オリオンは、方向を変えるや奥に急いだ。改革委員会の部屋は狭いので、1、2分で着いた。
4、50頭いるようだ。これが全員だろうか。娘が言っていたように、ここは改革委員会のメンバー8人やシーラじいさんたちが使っている場所なので、すでに限界なのだろう。
それ以上前に進めないので、一番後ろで話を聞くことにした。
しかし、誰かがオリオンに気づいて、あっという声を上げた。みんな振りかえった。
帰ってきてくれたけど、体は大丈夫かと心配していたようで、オリオンを見て笑顔が広がった。
幹部が、「見回り人は前に来るように」と叫んだ。
オリオンは、自分のことだと思い、前に進んだ。一番奥には、幹部と友だちがいて、その前には見回り人が10人ほどいた。
長老2人、書記官3人、改革委員会のメンバー8人、そして、医者や患者たちがまわりを囲んでいた。
「疲れは取れたか?」幹部が声をかけてきた。
「もう大丈夫です。遅れて申し訳ございません」と頭を下げた。
いつのまにかシーラじいさんがオリオンの横に来ていた。
「おまえを呼びにいこうとしたが、疲れているだろうからと幹部たちは待っていてくれたのじゃ」と声をかけた。
「いつのまにか寝てしまって」オリオンは小さな声で答えた。
「それでは幹部から話があります」リーダーが言った。
「ボスが来れば、やつらを追いだしてくれると思っていたんだが、少し遅れるかもしれないようだ。もう一刻もぐずぐずしておれない。
そこで、シーラじいさんに錯綜している情報を分析・整理してもらったことと、やつらがここに侵入してからの行動とを判断すると、今来ているのは先遣隊で、われわれを追いだした後、本隊が来るのは、まちがいないようだ。
飛行機事故の現場を中心としてのニンゲンとの戦いでは、やつらは苦戦を強いられている。
ここを基地とすれば、ニンゲンは手出しができないだけでなく、兵士を増員することもできる。本隊が来れば、もはや万事休すだ。
ボスは必ず来てくれると思うが、なんとかそれまで持ちこたえなければならない。
そこで、今の陣容を生かした作戦を遂行する」
幹部は、一息いれたが、すぐに続けた。
「やつらは3頭いる。しかし、3頭に向かっていくことはできない。やつらを正三角形の方角に同時に誘いだし、1頭を攻撃する。
先ほど、あちこちに避難している者に、われわれの作戦を説明してきた。
一点は、勇気ある見回り人が遂行する。やつらに噛みついたまま離さなかった見回り人だ」
リゲルだ!オリオンはすぐにわかった。
「そして、もう一点だが、そちらには、5人いるが、現役の見回り人がいないようなので、どうすべきかと考えていたが、訓練生から見回り人になったばかりの者が、『自分がやります』と名乗りを上げてくれた。
『おまえは、まだ経験が浅いが大丈夫か。誰か呼ぶつもりだ』と言ったが、『命は惜しくない。なんとかみんなの役に立ちたい』というのだ。
しかし、『すぐに逃げだすと、そいつは仲間のほうに戻り作戦は失敗に終るぞ』と念を押したが、『かならずやりとげます。私にやらしてください』と譲らないのだ。
この任務をやつに任すことにした。
われわれとしても、そう言ってくれてほんとにうれしい。訓練を受けた者を一人でも取られたくなかったのだ」幹部が言葉を詰まらせた。
オリオンは、「弱虫だろうか」という表情で、近くにいたペリセウスと娘を見た。
「最後の1頭を、おれが挑発して、病院と広場の間の壁に誘導する。あそこは壁の厚さが一番大きい。
その前に、見回り人が待機しておく。それを見ると、やつは怒りくるって向ってくるだろう。
見回り人はできるだけ近くまで突進に耐えなければならない。そして、一気にそこを離れる。やつは壁に激突するだろう。顔を激しく打てば失神するので、そこをさらに攻撃する。
これほど全員の勇気が必要な作戦はない。もし誰か一人が逃げるようなことになれば、他の者にも恐怖に耐えられないからだ。
そうなれば、作戦は失敗だ。
われわれは、すでに多くの仲間を失ったが、この作戦でさらに犠牲が出るかもしれない。
しかし、『海の中の海』を守るためには、どうしてもこの作戦を成功させなければならない。
諸君、特に見回り人の諸君は、最後の力をふりしぼって作戦に加わることを望む」
その場は静まったままだった。
やがて、リーダーが、「作戦に参加しない者はこの作戦の成功を祈ろう」と言って、見回り人以外は、その場を離れた。
見回り人だけになると、幹部の友だちが、「壁の前では、おれが敵の標的になる。おまえたちは、おれのまわりにいて壁を見えないようにしろ。そして、敵が止まれないほどの近くに来たら、おれが指示を出すから、すぐに離れるのだ」と作戦を話した。
そのとき、「その任務をやらせてくださいませんか」という発言があった。
訓練生を教えた上官だった。
「おまえが?」友だちは聞いた。
「はい。いかに『海の中の海』が存亡の危機にあるとはいえ、退役されている貴官に、これ以上ご苦労かけるのは誠に忍びないのであります。
見回り人を養成してきた者として、わたしが、見回り人の気概を教えるときが来たと判断したからであります。
どうぞ、その任務を、わたしにやせてください」と懇願した。
それを聞いていた幹部は、「よろしい。おまえに任せよう」ときっぱり言った。