シーラじいさん見聞録
オリオンは、まだ状況がよく飲みこめないようだった。
「きみが、あの娘に、やつらが来ることをみんなに知らせるように指示をしてくれたんだろう?それで、みんなが助かったんだ。
あの娘は、第二門を過ぎたあたりで、幹部と自分のパパに出あった。そこで、事情を話すと、二人は、病院に伝えろと言って、すぐに第一門のほうに急いだ。
しかし、その間はたかだか直径50メートルぐらいしかないから、3頭が押しよせてくる衝撃波で前に進めなかったそうだ。
やつらは、中に入るや、3頭で目につく者にぶつかっていった。大勢の者が即死したそうだ。
幹部たちは、改革委員会の部屋で対策を講じることにした。
そこは、きみも知ってのとおり、広場の奥から、くねくねした細い道を通らなければならないし、しかも、下に行くほど狭まっているので、やつらも入れない。
そこには、すでに娘から聞いて、医者や看護婦、患者が避難していた。
ぼくも、近くで避難場所の確認をする手伝いをしていたのだが、大勢の者があわてて広場に行くのを見て、みんなですぐについていったので助かったのだ」
ペリセウスは、少し間を置いてから、「別の場所に逃げこんだ者もいるだろうが、きみの知っている者で、リゲルが行方不明になっている」
オリオンは、ペリセウスが出す者の顔が頭に浮ぶようになってきた。
「リゲル」オリオンは小さな声で言った。
「リゲルはきみといっしょにいたのか?」ペリセウスは思いきって聞いた。
オリオンは顔をゆがめた。懸命に思いだそうとしたのだった。
「リゲルは、やつらが来たときには第一門の外にいた。やつらに気づいて、緊急信号を送ってきたはずだ」
オリオンは、そのときの様子をはっきり思いだすことができた。
「それなら、最初に向っていったのかもしれないな」
しかし、リゲルは、それ以上リゲルの消息について聞かずに、「とにかく、君のおかげで、ぼくらは助かった。みんなはきみに感謝をしている、そして、無事なことを祈っている。
シーラじいさんは、すぐにきみを探しにいくと言ったんだけど、もしシーラじいさんに何かあったら、この状況を乗りきれないと幹部が止めたんだ。
そこで、ぼくが行きますといった。ぼくなら、きみらほど大きくないし、もしやつらに見つかっても、どこか狭い場所に隠れたら、やつらはどうすることもできない。
そこで、幹部とあの娘のパパは、やつらのことを調べるために、部屋を出ていった。
広場から海の真ん中のほうに向ってみた。すると、遠くから気配を感じたか思うと、それがものすごいスピードで迫ってきた。
二人は、あわやという寸前に、最初に決めていた場所に逃げこむことができた。
そして、その岩場に近づくにつれて、やつらの信号は乱れたそうだ。
シーラじいさんが予測していたように、ここでは信号がきつすぎて、岩場を背にすれば、うまくかわせることがわかった。
シーラじいさんは、また、他のサメと同じように、やつらの弱点は鼻ではないかと考えているが、それについてはなんとも言えないそうだ。
ぼくは、早くきみを見つけたかったので、すぐに部屋を出ることにした。壁伝いに、しかも体をなるべく海面より浮かしながら。それもシーラじいさんが教えてくれたんだ」
「ありがとう。お陰で助かったよ。何かが当たったのはおぼえているが、それからよくわからないんだ」
「きっと2頭目か3頭目のクラーケンの部下にぶつかったんだよ。その後、よく第二門のほうに来たものだ。第一門のほうなら、たいへんなことになっていた」
「何か体がふわっと浮いたように思えた」
「みんなの思いがそうさせたんだ」
「ぼくの横や下で、何かがものすごく早く動いた」
「そうか。クラーケンの部下から逃げる連中が波を起したんだ」
ペリセウスの目が光った。
「みんな、ぼくを助けてくれたんだな。あっ、弱虫、いや、ぼくの同期生の見回り人はどうしたんだろう?」
「一度出ていって帰ってきた?」
「そうだ」
「そういえば、改革委員会の部屋にはいなかったが」
オリオンは黙った。
そのとき、静かな海面がかすかに動いた。
二人が、海面を見守っていると、小さなものが出てきた。案の定、うみへびの婆あだった。
「ああ、お婆さん、無事でしたか」オリオンは笑顔で挨拶した。
「おまえは、相変わらずやさしいな。しかし、よく生きていてくれたものじゃ。
おまえに何かあると、わしの予言は当たらないという評判が末代まで伝わるからな。
どうじゃ、体は?」
「何かがぶつかってきて後、意識がなくなったのですが、みんなのお陰で第二門のほうに来ることができました」
「そうじゃろ、そうじゃろ。やつらが来たとき、おまえもいたので、心配になって、弟子たちに見にいかせた。
すると、他の者と同じように、おまえは、海の底に沈もうとしていた。
そこで、弟子たちは、下から体をくねらせて波を送った。第二門のほうに向うようにな。
もっとも、動かなくなった者を避けるために、おまえのまわりを逃げた者が起した波のほうが強かったようじゃが」
「やはりそうでしたか」ペリセウスは声を上げた。
ウミヘビの婆あは、ペリセウスに向って、「おまえの勇気は知れわたっているが、なかなか聡明な頭をしている。
わしが、今推敲している『叙事詩』に、『海を救う者、小さき者に助けられ・・・』とつけくわえることにするか。それより、おまえの体はどうじゃ?」
「まだ力が入りません」
「そうか。それじゃ、弟子たちに治療させるから、おまえは早く戻って、この子が無事なのを知らせるのじゃ」
ペリセウスは、頭を下げるとすばやく消えた。