シーラじいさん見聞録

   

そのとき第一門の外から信号が飛びこんできた。
幹部やリゲルなどの中堅幹部は、門の外を警戒しているとき、通常の信号を送ってくるので、それかと思ったとき、すさまじい音が門の中に響いた。
それは緊急事態を意味していた。オリオンたちが外に向おうとしたとたん、向こうからうねりが押しよせてきたのがわかった。
力を入れなければ吹きとばされそうな勢いだった。
オリオンは、その勢いに負けないように体に力をこめたとき、そのうねりの中から、巨大な影があらわれるのが見えた。
「来た!」と身構えたとき、その影は激しく横に揺れたかと思うと、前をぐっと上げた。
白い三角形があらわれると、その中から真っ赤なものが広がった。
クラーケンの部下が、体当たりをするリゲルたちが追いはらおうとして、普通の大きさのサメやシャチ、イルカぐらい一呑みするぐらいの口を開けたのだ。
まさかこんな大きな者がいるのかという思いが、恐怖心を忘れさせるほどだった。
「気をつけろよ」、「うまく体当たりをするんだ」、「絶対逃げるな」その場にいた者は自分を励ますかのように叫びつづけた。
リゲルたち、中堅の見回り人が激しく体当たりをするのが見えたが、クラーケンの部下は、門の中に入ってきた。
すぐその後にも巨大な影があった。
オリオンは、部下の横に回った。凶暴な目がさらに怒りに燃えているようだった。
しかし、己を奮いたたせて、横腹に全力でぶつかっていった。しかし、びくともしない。まるで岩のように跳ねかえされるだけだ。
部下は、ときおり真っ赤な口を開いて威嚇したが、それ以上はせずに前に向った。
こんな巨大なものと戦略なしに戦うのは、これしか方法はないのだ。
敵がいくら大きくても、これだけ体当たりを受けると少しは効いてくるのにちがいないと
信ずるしかない。
オリオンは体当たりをしたあと、反動をつけるため後ろに下がったとき、体に激しい衝撃を受けた。
痛いと思う間もなく、意識が遠のいた。体はうねりに巻きこまれた。
しかし、ようやく意識が戻り、体を元に戻そうとしたが、力がはいらない。渦巻きに巻き込まれるように体は沈んでいった。
あせればあせるほど体は痺れていくようだ。息苦しさが襲ってきた。
さらに締めつけられそうになったとき、そうか、ぼくは今死ぬんだと思った。
昔、シーラじいさんに、死ぬとどうなるかと聞いたことがある。
地球に生きている者はすべて死ぬ。特に海の中の者が死ぬと、どんなに大きな者でも、ぼくらが見えないほど小さな者の食料になるということだ。
だからといって、自分の命をおろそかにしてはいけないし、意味もなく相手を殺してはいけない、誰にとっても生きていることに意味があるのだからと教えてくれた。
それなら、死ぬことは、何もしなくても意味があるが、生きていくためには努力しなければならないのだ。
でも、ぼくはもう死ぬ。努力したくても、もう努力できないのだ。もう一度ママやパパ、弟、妹に会いたかった。シーラじいさんにいろいろ教えてもらって、ここまで成長をしたことを見てもらいたかった。
オリオンは、このまま沈んでいくと、シーラじいさんに見つけてもらえないと思った。
「海の中の海」の者は多分やつらに追いだされるだろう。そのときここを通るだろうから、少しでも上に行こうと思った。
しかし、最後の力を絞ろうと思ったが、どこに力を入れたらいいのかわからなくなっていた。
意識はまた薄れていった。そのとき体がふわっと浮いた。何かが出口に向ってオリオンの下を通ったのだ。
その反動で水がうねり、それに乗ったように体が浮いた。
しかし、それがおさまると、また沈みだした。しばらくすると、また何かが通ったので体が浮いた。
今度は何かがオリオンの腹にぶつかったので、さらに上に向った。しかも、その衝撃で意識が少し戻った。
シーラじいさん、シーラじいさん。オリオンは叫んだ。すると上半身が少し動くようになった。
オリオンは、頭を激しく振りながら上に向った。そして、薄暗い光を感じると、また意識を失った。
オリオン、オリオンという声がした。
オリオンは、少し体を動かしたが、それが、自分を呼んでいるとはわからなかった。
すると誰かが体を叩いている。「誰だ、叩くのは?」
「ぼくだ。ペリセウスだ。気がついたか?」
オリオンは目を開けた。しかし、まだ状況が飲みこめなかった。
オリオンは、じっとペリセウスを見た。「ペリセウス、どうしてここにいるの。きみも死んだのか?」
「いや、ぼくは生きている。シーラじいさんたちも元気だ。攻撃を受けて死んだものもいるが。
やつらは3頭いる。体だけでなく、ものすごい感知能力だ。『海の中の海』なら、どこでもわかるほどだ。
しかし、ここは閉じられた海なので、やつらの能力はきつすぎて、信号が壁や天井に反射してわからなくなっているようだとシーラじいさんは見ている。
そこをうまく使えば、やつらを撹乱することができるということだ。
ぼくは呼吸をするために海面に出なくてもいいし、壁に沿ってゆっくり動くことができる。
それで、きみを探しにきた」
ペリセウスは、一気に話した。

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