のほほん丸の冒険 第1章6~10

   

のほほん丸の冒険

第1章6
テツとリュウの二人はぼくの前と後ろに分かれてついてきてくれた。それはいいが、駅に向かう歩行者はとにかく速足なのであまりガードマンとして役に立たないのだ。
二人は急いで歩くことはないようなので、すぐに遅れる。それで、慌ててついてくるが、息切れをするので、また遅れるのだ。
とにかく何事もなく新宿駅に近づくことができた。ぼくは二人を待って、「これからどうしたらいいのですか」と二人に聞いた。
テツは、「おまえの近くにいるから、女の人を探せばいい」と言ってから、リュウに、「坊主が女の人を探してい間、おれたちは坊主に近づいくる男に気をつけるんだ」と指示を出した。
「来たらどうしますか」リュウは聞いた。
「すぐにリュックサックをひったくるから、後ろから羽交い絞めをしろ。三人いるということだから、後二人がおまえを攻撃したら、おれが三人を叩きのめす」テツは作戦を失明した。
そうだ。ぼくの私物や問題のバッグはおじいさんに預けてきたのだ。少し迷ったけど、あいつらに奪われることを思うと、それがいいと判断したのだった。そして、女の人と会えば、テントまで来てもらえばすむことだ。
「坊主。それじゃ、駅に入れ」作戦は開始された。
「ありがとうございます。それじゃ、お願いします」ぼくはそう言って、まず一人で入っていった。
相変わらず大勢の人が行き交っていた。あちこち見ていて、何度もぶつかりそうになった。
ぼくが居眠りをしていた場所をそれちなく見たが、女の人も男たちもいない。
これじゃ、いつまでたっても状況が変わらない。そこで、わざとその場所に立ってみようと思った。女の人もぼくを見つけやすいし、男たちもそうだ。
もし女の人だけがぼくを見つけたら話は早い。また男だけでも、両方でも二人に任せたらいいのだ。どちらにしろ、もうあれほど逃げつづけることはないのだ。
ぼくはテツとリュウをさりげなく見てからそこへ行った。そして、立ったまま人のう往来を見た。
二人も、誰かを待っているかのように、時計を見たりあちこち探したりと演技をはじめた。
ぼくはじっと立っていた。しかし、構内はさらに人であふれてきたが、何事も起こらない。
気がつけばもう午後8時近かった。もう1時間過ぎたなと思っていると、テツが近づいてきて、「坊主、どうする?」と聞いてきた。
「誰も来ませんね。ぼくが待っていますから、お休みください」と答えた。
「そんなことを言っているのじゃない。これだけ来ないのなら、今日はいったん引き上げたらどうかということなんだ」
「そうですね。それがいいかもわかりません」」
「これからおまえはどうするのだ。家には誰もいないと言っていたな」
「そうです」
「今晩はどこで寝るんだ」
「ぼくの荷物と預かっているバッグを返してもらってどこか公園で寝ます」
「ホテルは?」
「そうしたいのですが、子供一人は断られますから」
「それなら、じいさんのテントはどうか」
「ありがたいですが、迷惑ではないですか」
「そんなことはない。じいさんは子供が好きだから喜ぶよ。それに、毎日3,4人の若い者が泊まっている」テツが言うと、リュウも口をはさんだ。「みんな金がなくなると来る。食いものも酒もあるからね。金があるときは、じいさんに渡すが、じいさんは使わずに、そいつが金欠病になると返す。ただ、においに耐えられるか。
おれは長時間は無理なので、金がないときは仲間の」
ぼくはあのおじいさんがどんな人か興味が湧いてきたので、もっと聞きたかったが、テツが、「とにかく腹が減ってきたので、何か食おう」と話題を変えた。
ぼくは、「お世話になったので、ご馳走します」と答えた。
「それはできない。おれたちにもプライドというものがあるからな」テツはきっぱりと断った。
「それじゃ、コンビニで何か買います。ぼくもお腹がすいて」
それは了承してくれたので、三人でコンビニに行った。そして、公園で食べることにした。

のほほん丸の冒険
第1章7
弁当3つとお茶3つ、お菓子を3種類、それにテツとリュウの二人には缶ビールを公園にあるテーブルに広げた。
「こりゃ、すごいぜ。ビールを飲むのは3か月ぶりだな」リュウが叫んだ。
リュウが、コンビニでビールが並んでいるケースをちらちら見るので、ぼくが「ビールはどうですか」と聞いたのだった。
テツもテーブルを見て、「そう興奮しなさんな。しかし、これは宴会だな。ぼく、ありがとうな」と上機嫌だ。
それから、3人とも一言も言わず弁当を食べ、おやつを食べた。二人はビールをうまそうに飲んだ。
「ごちそうさんでした。うまかった。しかし、リュウ、あれだな」とテツが口火を切った。
「何ですか?」リュウが聞いた。
「この子のように、知らない人から頼まれたことを自分を犠牲にしてやるなんてことはおまえにはできないだろう」
「できませんねえ。もっとも、大事なことをおれに頼もうとする人はいませんけど」「確かにそうだ」テツはビールで赤くなった顔をさらに赤くして笑った。
「しかしだ。相手が慌てていておまえのことを観察しないで、おまえに頼んだとしよう」
「今日はからみますねえ。何を頼まれるんですか?」
「この子のように、何か預かってくれと頼まれるんだ」
「1時間ぐらいは待ちますよ。しかし、警察には行きませんよ。おれは何回も捕まっているので、おまえが盗んだんだろうと疑われるのはまちがいないですから」
「それは確かだ。しかし、おまえの手には預かったバッグがある」
「攻めてきますねえ。バッグを開けて手がかりがないか調べます」
「それはありだな」
「きみはどう思う」テツは、お弁当のせいか、ぼくを丁寧に呼ぶようになった。
「そうですね。次どうするかまだ考えられないです。今は預かったものをそのまま返したいだけです」
「そうだろうな。きみは真面目そうだ。お父さん、お母さんがいないと言っていたな」
「はい。パパはどこか外国で生きていると思います。パパの友だちがパパからの伝言を連絡してくることがありますから。しかし、ママのことはまったくわかりません」
「エリートの家もたいへんだな」
「エリートじゃないです。ほとんど施設で暮らしてきました」
「おれもそうだよ」とリュウが言った。
「おまえは親に捨てられたんだろう」テツがからかった。
「まあ、そういうことになりますね」
「親は帰ってこなかった」
「よくご存じで」
「100回は聞いたぞ」
「結局両親は捕まっていて、名前も住所も言わなかったようです。親戚中たらい回しにされましたが、中学を出るまでの6年間は施設です。施設を出てからは何回も捕まったけど、じいさんに拾ってもらって今に至るです」
「それはおれも同じだ」テツも身の上話をはじめた。
「父親はむしょぐらしだし、母親はあちこちの温泉場で働いて、家にはほとんど帰ってこないし、まあ、おまえと同じ境遇だな」
「それからどうしたんですか?」
あまり年上の人の境遇を聞くことがないためか、ここぞとばかりに聞いたようだ。
「おれか? おれは中学を出ると、鉄工所で一生懸命働いたさ。
しかし、住み込みの先輩が悪かった。昼間はまじめに働くが、夜になると人間が変わる。
ばくちがとにかく好きで、しかも、時々おれについてこいというのだ。ある日、先輩がばくちの途中で体調がおかしくなったことがあった。しかし、胴元がやめさせてくれないので、おれが代わりにすることになった。ばくちのことはよく見ていたので、その日相当勝ってしまった。ビギナーズラックというやつだな。
おやじがばくちで人生や家庭をつぶしたので、ばくちは絶対しないと決めていたが、勝ったので、先輩がおれを離さなくなってしまった。
しかし、最後には負けが込んできて、先輩に顔向けできなくなり、鉄工所を辞めざるをえなくなった。
それからあちこち務めたが、先輩運が悪くてどこも長続きしなかった。それからはおまえと同じコースだな。じいさんに助けてもらわなかったら、今どうしているか分からない。あっ、9時だ。じいさんが心配している」テツは公園の時計を見て叫んだ。

のほほん丸の冒険
第1章8
すっかり暗くなっていた。お互いの身の上話で時間を忘れたのだ。3人で弁当の容器などをかたづけて、おじいさんのテントに急ぐことにした。
しかし、帰り道も、誰かが何を言うと、誰かが聞くことになり、途中で立ち止まることもあった。年齢も違うし、知り合ったのも2時間ほど前だったのに以前からの友だちのような気分だった。
ようやくテントに近づいたようだ。テントがある一角は明かりがないので、ぼくにはわからなかったが、二人は歩道から空き地に入った。
テツは、「じいさん。遅くなりました」とテントの入り口を開けた。後ろから見たが、小さなランプがついているだけなので、暗くてよく見えない。
「帰ってきたか」という声が奥から聞こえた。テツが、「じいさん。子供を泊めてくれますか」と叫んだ。
「お安いことじゃ」じいさんもすぐに答えた。「早く上がれ」
リュウはぼくにも上がるように言って3人でテントの中に入った。確かに臭いが、少し慣れてきたようで、吐き気はしなかった。しかし、布団があちこちにあるので、リュウの手をもって摺足で進んだ。
おじいさんの前まで行きすわった。そして、「結局誰も来なかったんです」テツが報告した。
「そうじゃったか。それは気の毒だったな」
「この子は休むことなく探したんですが、女の人も、男らもいませんでした」
「おまえら何か食べたのか」
「実はこの子におごってらったので、それを食べたので、帰りが遅れてしまったわけです」リュウが報告した。
「そんなことまでしてくれたのか」影法師となったおじいさんはぼくに言った。
「いや。こちらこそ助かりました」
「ビールまでおごってくれました」リュウが止まらない。
「どうせおまえがせがんだな」
「そんなことはしませんよ。ちらっと棚を見たかもしれませんが」
「それがせがんだことじゃ」
「いらん気を使わせてすみません」リュウはおどけた調子でぼくに謝った。
「とんでもありません。公園では楽しかったです」
「疲れたじゃろ」
「いや。二人がぼくを守ってくれていたので、疲れていません」
「まあ、ゆっくり休め」
「今日は、サトシ、マサ、アキラが来るんですね」テツが聞いた。
「よくわからんが、誰かが来るじゃろ」
「それならおれたちは帰ります。明日すぐに来ますから」
「もっとゆっくりしていけ」
「変なのがいっぱいいると、この子が落ち着いて休めませんよ」
「そうかもしれん」
テツとリュウは、テントの奥のほうで何かしていたが、すぐに出ていった。
おじいさんは、「二人が今布団を敷いてくれたので、そこで寝なさい」と言った。
ぼくは礼を言って、自分のリュックを横において、預かったバッグを胸に抱いて横になった。
「おじいさんの世話をする当番が決まっているのか。それにしても、このおじいさんは何者で、リュウやテツなどの若い人も何者なのか。とにかく、悪いことをする人ではないようだ。明日は返せるだろう。それから、叔父さんに連絡を取ったほうがいいだろう。叔父さんの家に行くかどうかはわからないが・・・」
そこまで考えたが、一気に睡魔が襲って来たようで寝てしまったようだ。
「おじいさん」という声が遠くで聞こえた。
「静かにしろ。客が寝ている」という声も聞こえた。「わかりました。上がります」
サトシ、マサ、アキラか。リュウぐらいの年か。仕事はしているのか。リュウは時々すると言っていたが。
「子供じゃないですか」誰かが聞いた。
「どうしたんですか。迷子ですか」
「違う。知らない人から預かったバッグを返そうと一日新宿駅を探しまくったが、結局相手はあらわれなかった。おまえたちはそんなことできないじゃろ?」
「たいしたものではなかったじゃないですか」
「そういうことではない。早く寝ろ」若い男たちは自分の場所を作って横になったようだ。ぼくもすぐに寝てしまった。

のほほん丸の冒険
第1章9
どこかで、「ぼく、ぼく」という声が聞こえる。慌てているようだ。声のほうに走りだした。
多くの人が行き交っているが、助けを求めているような人はいない。思い切って、「探していました。預かっていたバッグを返します」と大きな声で叫んだ。
しかし、誰もぼくのほうを振り向かない。「どこにいますか!」と何回も叫んだ。
また、男らが出てくればやっかいだが、仕方がない。
あっと思った。「ぼくを呼んでいたのはママかもしれない」
ぼくは、「ママ、ママ」と叫んだ。今度はぼくをちらっと見る人がいたが、すぐに歩いていった。
ママに会ったのは、7,8年前だ。その時、どこかに一緒に行った記憶がないから、そのままプラットホームですぐに別れたかもしれない。それでか、ママの顔は思いだせない。ママもぼくの顔は覚えていないかも知れない。写真は持っているかもしれないが。
今もママはぼくを探しているのだろうか。ママに会いたい。しかし、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
駅だけでもなく、街でも、家でも、人は急ぎ足で行きかう。ぼくを知っている人でも、ぼくをおいてどこかに行ってしまう。ぼくは行きかう人の流れの中で一人取り残されているのだ。涙があふれてきた。
身体がたまらないほど熱くなってきた。体の上にあるものを取ろうとした。しかし、まだ熱いので、服も脱ごうとした。その時、目を覚ましたようだ。目の前にあるのは闇だ。薄暗い。
しばらく様子を見ていたが、自分がどこにいるのかわからなかった。
それで、頭の中を駆け巡った。すると、必死で逃げたことが浮かんだ。雑踏やビルの中を逃げまわった。すると、その記憶から、ベンチにすわっていた男に青いテントの中にかくまってもらったことを思いだした。
そうだ。ここはおじいさんが住んでいる青いテントの中だ。目を凝らして様子を見た。左で寝ているのがそのおじいさんだ。暗くてよく見えないが、向こうに寝ているのは後から来た3人の若い男だ。
テツとリュウもいたはずだが、どうしたんだろう。そうか。「明日来る」と言って帰っていったのだった。
そこまで思いだしたが、頭はもう働かなくなっていた。頭の中も暑い。まるで身体の熱が頭に燃え移ったようになっていた。
何かの拍子に自分の手首につないでいる紐を引っ張った。二つのものが近づいてきた。
それを胸の上に乗せた。一つはぼくのリュックで、もう一つは小さなバッグだ。分かった。「すぐに帰ってくるので、それまで預かっていてくれる。でも、誰か来ても絶対に渡さないでね」と知らない女の人に頼まれたものだ。それがどうしてここにあるんだ。すぐに返しにいかなければならない。ぼくは慌てた。
起きようとしたが、体に力が入らない。何回も小さく唸ったがどうにもならない。
何かにつかまろうとしたが何もない。頭を回して暗闇を見ると、少し闇が解けはじめたためか細い棒のようなものが立っているのが見えた。このテントを支えている棒だ。
それで、肘を使ってそこまで体を動かした。苦しくなったが、どうにか手が届く距離まで近づいた。
少し休んでから、身体をうつぶせにした。それから、棒を両手でつかんで、身体を起こそうとした。少し身体が起きたので、膝で立った。手に力を入れて立ち上がろうとしたとき、棒がズルッと動いてテントにギィという音が響いた。
「おい。どうした。テントが倒れるぞ!」誰かが叫んだ。ばたばたという音がしたかと思うと、男たちが集まってきて、棒が倒れないように支えた。しばらく直していたが、どうやらテントは元に戻ったようだ。
「どうしたんじゃ」と騒ぎに気づいたおじいさんが言った。3人が事情を話すと、
おじいさんは、「何かあったのか」とぼくに聞いた。
ぼくが起きることができないことを知ると、ぼくの額に手を置いた。「かなり熱があるな。しばらく寝ていなさい」とやさしくいった。
それから、「誰か水を買ってこい」と若い男たちに命じた。一人の男が、「わかりました。薬はどうしましょうか」と答えた。
「薬はいらん。あいつを呼んで来い」と言った。別の男が、「すぐに呼んできます」
と答えた。二人の男が出ていった。ぼくは、それを夢のように見ていた。
それから意識がなくなった。「あいつは、自分は名医だと言っているが、わしの腹痛も治せんかったからヤブじゃ。しかし、薬は持っているじゃろ」という声で目が覚めた。
「テントの中に病原菌がいるんでしょう」
「馬鹿言え。わしはいたって元気じゃ。腹痛は草を煎じて直したわ」
「じいさんらしい。病気のほうが退散したんでしょう」どうやらおじいさんの相手はテツらしい。
「おーい。どうしたんじゃ。こんな早くから」という声がした。

のほほん丸の冒険
第1章10
その声に、おじいさんが「いいところへ来た」と叫んだ。
すぐに、「いいところへ来たって。おまえが呼んだろう」と返事が来た。
笑い声とともに、「先生、ありがとうございます」という声が聞こえた。ぼくは目をつぶったまま聞いていたが、聞き覚えの声だ。テツに違いない。しかし、先生とは誰だろう。
「どうしたんだ?」と聞かれると、「そこに寝ている子供が起きあがれないようです」と答えたのはやはりテツだ。
「子供?」
「どうしてここにいるんだ。おまえらの兄妹か」
「いいえ。違います。昨日誰かに追われていたので助けたんです」
「ひったくりでもしたのか?」
「そうではありません」
「いいから先に見てやってくれ」とおじいさんが急かした。
「わかった」誰かが近づいてくるのが分かった。目を開けると、おじいさんと同じぐらいの老人がぼくをのぞきこんでいた。
それから、ぼくの額に手をおいて、うーんと唸った。そして、体温計で体温を測ったり、シャツを上げて体を調べたりした。
ぼくに「どこか痛いところはないか」と聞いた。ぼくは、「どこもありません。寒いです」と答えた。
そして、「わしの病院に連れてこい。大したことではないが、こじれると時間がかかる」と言った。
テツがそばに来て、「ぼく、行くか。先生はお金を取らないし、警察にも言わないから」と小さな声で聞いた。
ぼくは、「いいえ。行きません。しばらくこのままいます」とかすれた声で答えた。
「先生。行きたくないと言っていますが」
老人は、「それもよかろう。病院に行っても風邪が治るわけがない。気休めで来てもらっても、他の患者に移すだけだからな。熱を抑える薬を出しておくから、適当に飲ませたらいい。うまいものを食わせたら大丈夫だ。数日しても治らなければ連絡してくれ」と指示した。
それから、「じいさん、薬はまだあったかな」と聞くと、おじいさんは、「まだある」と答えると、老人は帰っていった。
医者なのか。どうしてテントに中に平気で入るのだろうか。しかも、みんななじみがある。
「ということだそうです」テツはおじいさんに言った。
「それじゃ、何か温かいものを食べさせてやれ」おじいさんはそう言ったが、そこからまた眠ってしまったようだ。笑い声で目が覚めた。あはは、うふふ、わっはっはと楽しそうに笑っている。ここはどこだろうと少し頭を上げた。その拍子に頭がひどく痛くなったが、それをこらえてあたりを見るとテントの中だ。ぼくはまだここにいるんだ。
「あいつ、味を占めて毎日駅に行っているらしいぜ」
「あいつらしいな。以前は駅で知りあった女にしつこくつきまとって、警察に捕まったことがるから、今は、一人にこだわらないで、道を尋ねる女に目的の場所に連れて行んだ。そこで、電車1本の乗り過ごしたとか言って、食事やこづかいをせしめるのだ」
「お上(のぼ)りの女はいくらでもいるから、一日一人ぐらいはカモがいるようだ」
「あいつは昔から女にマメだから、天職を見つけたようだ」
駅?そうだ!思わずあっと叫んだ。そして、立ち上がろうとした。今度は少し体に力を入れることができた。体を半分起こしたとき、「おい。どうした?しょんべんか」と若い男が声尾をかけてきた。
「いいえ。外に出ようと思って」
「駅に行きたいだろう」別の男が聞いた。
「ぼく。まずこれを食えよ。それから考えよう」テツが雑炊のようなものを持ってきてくれた。リュウもお茶を運んできた。
あまり食べたくなかったが、無理してすべて食べた。それを見て、テツが、「今日は休んだらどうだ?」と聞いてきた。
「早く返さなければ」ぼくは独り言のようにつぶやいた。
テツは横にいたリュウとともにぼくを見ていた。「そうだ!いいことがある!」リュウが大きな声で言った。

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