のほほん丸の冒険 第1章26~30
のほほん丸の冒険
第1章26
何だろう。二人は顔を見合せた。別に怒られるようなことはしていないが、これからは余計なことはするなということだろうか。ぼくらはリュウの後を追ってテントに急いだ。
「連れてきました」リュウが叫ぶと、おじいさんと一緒にいたテツが、「こっちへ来い。じいさんがきみらに名前をつけてくれるぞ」と叫んだ。
二人はまた顔を見合わせた。これはテントの仲間に入れてもらえることだとすぐわかった。
確かに少年はトモと呼ばれていたが、それは仲間としての名前ではなく、本名の一部で、兄貴のように慕っているサムとカズがそのように呼んでいたのだ。
なぜなら、トモがこのテントに初めて来たのは2週間ほど前で、ぼくの代役として連れてこられたからだ。
テツの話では、ここでは誰も自分の姓名を言うなとおじいさんが命令しているらしい。
それぞれの名前は親が願いを込めてつけたもので、こんなところで言わせたくないということらしい。
ぼくらははおじいさんの前に正座した。すると、「おまえたちに名前をつける。その理由は、おまえたちはいつも一緒にいるので、区別したほうがみんなに便利だと思ったからじゃ」と言った。
少しほっとしたが、ぼくらは、「ありがとうございます」と答えた。
「最初に言っておく。おまえたちは今風の名前だろうが、わしは、おまえたちの気に食わない名前をつける。そうしたほうが早くここを出ようと考えるだろうからな」と言って少し笑った。
そして、少年に向って、「おまえはしゃかりき丸」それからぼくに向って「おまえはのほほん丸」と言った。
確かにその名前を聞いて呆然とした。それを察してか、テツが、「子供らしい名前ですね。でも、この子供は小さいですが大人でもかなわないほどの勇気がありますが」とぼくにつけられた名前について聞いた。
「たしかにそうじゃ。しかし、初めてここに来たとき、男に追いかけられたらしいが、平然としていた。本来のほほんとした性格と見た。それゆえ、のほほん丸。そして、しゃかりき丸は、サムがかわいがっていたらしいが、サムが刑務所から戻ってきたら、またずっとサムから離れないじゃろ。そうすると、何でもサムに頼る大人になる。今のうちに一人で生きていけということじゃ」と説明してくれた。
テツは、「そういうことだったのですか。きみたちもよく覚えておけ」と言ったが、さらに、ここぞとばかりに、「おれとリュウはどうしてこんな名前にななったのですか」と食い下がった。二人は今のような説明を聞いていなかったらしい。
「おまえたちか。テツは中学を出て長いこと鉄工所に努めていたと言っていたからな。
リュウは、いつもリュウの絵のジャンパーを着ていたのを思い出した」と得意そうに言った。
テツとリュウは二人は苦笑いしていたが、ぼくらに、「きみらも、じいさんが言うように、早くここを出るようにがんばれよ」と言った。
それから、また公園に行って、二人で名前について話した。「牛若丸のような名前で気に行ったよ」としゃかりき丸となった少年は笑った。
「そうだね。何か力がついたような気がする。それに、兄弟になったようだ」とぼくが答えると、しゃかりき丸は次から次へと自分のことを話しはじめた。
のほほん丸の冒険
第1章27
しゃかりき丸と名づけられた少年は、おじいさんからいつまでも人に頼っていないでしゃかりきに生きろいう願いで名づけたと聞いたためか、自分のことを話したくなったようだ。
その内容は、テツがおじいさんに言っていたので少しは知っていたけど、本人から聞いたのは初めてだった。
両親は昔から詐欺や泥棒などをしていたので何回も捕まったそうだが、今回は、両親とも4年近く刑務所入ることになった。それで、両親と知り合いだったサムが世話をするようになったのだ。
しkし、そのサムも何か事件を起こして刑務所に入るようになったので、サムの子分であるカズが世話をするようになった(サムについては、おじいさんのテントに出入りする仲間だったのにまた悪事を働いたということで、おじいさんはひどく怒っているようだが、改心する前のことだったようで、テツはそのことをおじいさんに説明した)。
とにかく、カズはサムの留守に少年に何かあるといけないので、まだ二十歳半ばなのに親のように少年の世話をしていたそうだ。
しかし、カズには週2、3回夜の仕事があったので、その時は、誰かに少年の世話を頼んだ。
そのころ、テツやリュウが、少年にぼくの代わりをする仕事を頼んだが、危険なので、最初カズは断ったが、1日中誰かがそばにいる生活に飽きてきた少年がやると言ったので、しぶしぶ認めたようだ。
少年はぼくより身長は20センチは高いし、時々大人びた表情をするので、中学生だろうが、どうして学校に行かないのか不思議に思ったが聞かなかった。
それに、ぼくも小学4年だけど、学校には行っていないわけだ。
テツはぼくにはっきり言わなかったが、テントに出入りする者はお互い名前や過去を聞かないようになっているのだ。
おじいさんが、こんなところにいることはおまえらもおまえらの親も望んでいないはずだから、早くここを忘れるようにしろということらしい。それで、仮の名前をつけてくれるのだ。
少年はぼくのことを聞いたとき、父親が学者なら自分とは住む世界がちがうと思ったようだけど、ぼくも、母親とは一度会ったきりでどこにいるか、あるいは、すで死んでいるかも知らないし、父親とは外国から帰ってきたときは一緒に暮らすが、もう3,4年会っていないと話したので、少しは親近感を持ってくれたようだ。
自分のことを話すと、「どんな計画なんだ」しゃかりき丸が急かした。
「まだまとまっていない。決まったら話すから」とぼくは答えた。ほんとはいつ実行するかだけだが、それを得意そうにしゃかりき丸にしゃべって、テツや、リュウ、カズに知られたら、どうなるかは分かっていた。
つまり、「敵を欺くにはまず味方から」というわけだ。もしこのことを知ったら、みんな大反対をするだろうし、しゃかりき丸は以前より強い監視下に置かれるかもしれないのだ。
案の定、こんなことがあった。おじいさんとテツ、リュウ、ぼくがまだ寝ていたとき、カズがテントに飛び込んできたことがあった。そして、「トモはいますか」と叫んだ。
「しゃかりき丸はこんなに早く来ないぜ」とリュウが眠たそうに答えた。
「どうしたんだ」とテツが聞いた。「目が覚めたらトモがいないので、どこへ行ったのかと思って」カズは小さくなって答えた。
「しゃかりき丸が来たら、おまえが来たことを言っておくから」とカズを帰らせた。
テツは、おじいさんが寝ているのを確認すると、小さな声で、「カズにも困ったものだ。責任感が強いので、しゃかりき丸を守るためにまわりが見えなくなってしまうのだな。今回のことで、それがひどくなっていると聞いている」と言った。
「申しわけありませんでした」
「そうじゃない。今回のことはおれたちが頼んで、あいつが出しゃばったことをして捕まった。そして、きみが助けてくれた。みんなきみに感謝している。誤解しないでくれよ」と弁解した。
その時、「おはようございます」という声が聞こえた。声のほうを見ると、しゃかりき丸だった。
のほほん丸の冒険
第1章28
「おい。今カズと会ったか」テツがすぐ聞いた。靴を脱ごうとしていたしゃかりき丸はその場で、「いいえ。会っていません。何かあったのですか」と驚いたように答えた。
「知らないよ。さっきあわてて来て、おまえのことを聞いていたからな」
「別に何もないと思うんですけど」
「だろうな。カズは24時間おまえがそばにいないと淋しいんだろうよ」
「何もありません。昨日サムから手紙が来たので、それでぼくのことが心配になったんでしょうか。でも、大したことは書いてなかったですけどね」
「それじゃ、何か用事があるのか自分で聞いておけ」
「わかりました。気持ち悪いからちょっと帰ってきます」しゃかりき丸は出ていった。
「しゃかりき丸も分からいようだ。きみも気にする必要はない。ちょっと買いものに行ってくるから留守番頼むよ」テツも出かけた。
おじいさんは寝たままだった。ぼくは、しゃかりき丸に自分から計画を話さないほうがいいなと思った。
テントは少し揺れているが、光が溢れている。今日もいい天気だろう。
テツが帰ってきたら、しゃかりき丸が来なくても公園に行こうと決めた。もちろん、毎日そこで一日を過ごしているわけだが。
その時、「のほほん丸」という声が聞こえた。
「おじいさん。おはようございます」
「ちょっと体を起こしてくれんか」
「はい。分かりました」ぼくはおじいさんの後ろに回って背中を起こした。
「テントには、わしも含めておまえが見たこともないような人間が出入りしているじゃ」と突然言いだした。
「そうですね」思わずそう答えた。
「しかし、世の中にはもっと見るべき人間がいる。そういう人間のほうが人生の役に立つぞ」
「はい」と答えたが、おじいさんはそれ以上言わずに、目をつぶってじっとしていた。
しゃかりき丸が戻ってきた。「おはよう。カズと会えたのか」ぼくは小さな声で聞いてみた。
「会えた。すぐに帰ってきた。でも、何もないよ。夕べぼくはいなくなった夢を見たらしいんだ。朝起きたらぼくがいなかったので慌てたようだ。ちゃんとメモを置いて出かけたのに」
ぼくはどこに行っていたんだなどとは聞かなかったが、しゃかりき丸は自分から話しはじめた。
「昔から一緒に遊んでいる連中4,5人が朝5時ごろに来たんだ。最近いつも留守なので少年院でも行っているのかと心配していたと言うので、悪いことはおまえたちと一緒にやってきたぜと答えると、久しぶりに話をしようとなってハンバーガー屋に行くことになった」としゃかりき丸は事情を説明した。
おじいさんがいるので、それ以上話は進まなかった。
しばらくすると、テツが帰ってきたので、しゃかりき丸は今の話をもう一度テツに言った。それから、二人でいつもの公園のベンチに行った。
しゃかりき丸は、今日のような煩わしいことから逃れるために早く冒険に行きたいようだった。
「いつ行くのか。今日でもいいよ」とぼくの目を見た。
「早く行くつもりだが、少し準備が残っている」
「そうだな。仕掛けを仕込んでいかなくてはならないもんな。どんなものがいるか教えてくれたら、仲間に聞くよ。何しろ空き巣狙い、こそ泥などを専門にしている仲間がいるからな」
「ありがとう。準備ができたら計画実行だ」
「一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「女の人から預かったバッグの中身を確認してから、冒険に行ったほうがいいのじゃないか。相手が何を狙っているかわかるもの」
「それはそうだ。でも、冒険を完璧にするためには何も知らないほうがおもしろいと思う。わかったら推理だけだから」
「そうだったな。きみは冒険の専門家だ」
その晩どうしてこんな計画を立てたのか。あるいは、どうしても実行しなけ
ればならないのか自問した。
それは何回も頭に浮かんだことであるが、もう一度確認したのだ。
ぼくに、「バッグを預かってちょうだい。すぐに取りに来るから」と必死に頼んだ女の人はひょっとしてぼくのママかもしれないという思いが消えないのだ。
それなのに取りにはこなかった。しかも、バッグを取り戻そうとしている男たちには大きな組織があるのはまちがいないことが分かった。
ママかどうか確かめ、そして、ママを助けるのはぼくの個人的なことだ。
しかし、ぼくの身代わりになって捕まったしゃかりき丸はあの男たちに一泡吹かせたいのだ。
ぼくは必死だったが、しゃかりき丸にはゲームのように思えたのかもしれない。
それに、今回のことでテントに出入りするようになったが、しゃかりき丸はテントの住民に育てられているのだ。今はこうでも、おじいさんがいれば一人前の人間になるだろう。自分のことでしゃかりき丸を犠牲にするわけには行かない。
翌日から、しゃかりき丸が来ても二人で公園には行かず、最新道具を探してくると言って一人で出かけた。
のほほん丸の冒険
第1章29
ぼくは一人で新宿駅に向かった。しゃかりき丸はぼくと冒険をすることを楽しみにしているが、ぼくはどうしても彼を誘うことができなかった。
あのビルの脱出はうまくいったが、今度はそうは行かない。あいつらも、捕虜にした子供が消えたのだから、何が起きたのか狐につままれたような思いだろう。
あのビルで男が電話をしているのをちょっと聞いたが、バッグという言葉が何回も出ていた。しゃかりき丸は自分たちが追いかけた子供、つまりぼくではないことは分かっているだろうが、そうなると、何人も子供がいることは何かの組織があるかもしれないと考えているはずだ。
人間は、分からないことがあるとどんどん霧深い森に迷いこんでしまうものだ。
そうなっている個人や組織を扱うのは簡単だ。何らかの言葉だけで、さらに大きな妄想や疑心暗鬼に振りまわされるのだ。
ぼくは、それをある詐欺師のおじいさんからから聞いたことがある。「言葉をうまく使えば、国でもひっくり返すことができる。言葉はどんな大砲より威力がある時限爆弾なんだ。人の体の中で爆発するからな」と得意そうに話してくれた。
詐欺師のおじいさんは80才を越していたが、その時、罪も償ってある施設の
寮長のようなことをしていた。
所長がおじいさんが人柄がいいのと話がおもしろいので、悪さをしてきた少年の世話をしていたのだ。
少年たちは、「どんなに悪さをしてもいいが、悪さの天才がいる。そいつらに勝ってこないぞ」と言われると、だんだん悪さから遠ざかっていったと聞いたことがある。少年たちは施設を出ても、おじいさんと話をしたくてよく来ていた。ぼくは別に悪さをしていないが、なぜかよくかわいがってもらったものだ。おじいさんとは5,6年会っていないが、今こそおじいさんから教わったことを生かす時だと思った。
それに、あの女の人はママかもしれないという思いがどうしても消えないのだ。そんな荒唐無稽なことにしゃかりき丸も巻き込みたくない。
ぼくは、深呼吸を何回かして新宿駅に入った。ラッシュがすんだ時間なので、人は多くない。ぼくはあの日女の人が慌ててやってきた場所にすわった。
心臓が早鐘を打ちだした。近くを歩いている人が気づくのではないかと思うほどだ。「言葉だ。言葉をうまく使えよ」ぼくは自分に言った。
3時間ほど待ったが、男たちは来ない。仕方がないので、今日はテントに帰ることにした。
しゃかりき丸が待っていた。「おかえり」と言ってぼくを見た。
「ただいま。遅くなってごめん。新しいものがたくさんあって」ぼくは言いわけをした。
おじいさんとリュウが寝ていたので、「公園に行こうか」としゃかりき丸を誘った。
いつものベンチにすわると、「あのビルからの脱出はすごかった。まるでスパイ映画のようだった。あんなことは前にしたことはあるのか」と前に聞いたようなことを聞いてきた。
「初めてだよ。ほんとは怖くなったが、きみの姿が見えたので、身体が自然に動いた。
ビルに入っても、相手に気づかれないようにすることで頭がいっぱいだった。きみが男と同じ部屋にいたら助けることはできなかった。ほんとに幸運だった」
とぼくも前のように答えた。しゃかりき丸はうなずきながら聞いていた。
翌日、おじいさんに頼まれたことをした後、新宿駅に向かった。まだしゃかりき丸は来ていなかった。
駅について構内を見たが、速足で急ぐ人はいない。ぼくは大きく息をして、中に入った。そして、同じ場所にすわって本を読むことにした。
1時間ほどして、「おい」という声がした。顔を上げると3人の男がぼくを囲むように立っていた。
「なにか」ぼくは立ち上がった。「きみに話があるんだ。ちょっと来てくれないか」と言った。
「ここで聞きますよ」と言うと、「いや。向こうに行こう」と命令した。
ぼくは少し逃げるようにしたが、男たちはあわててぼくを捕まえて引っ張って。いった。
のほほん丸の冒険
第1章30
男たちはぼくの横に二人、後に一人おり、かなり強い力でぼくを押すように急がせた。
以前のようにぼくが逃げるのを警戒しているのははっきり分かる。一度逃げるふりをすると3人はあわててぼくの前に出てきたからだ。
ここまでは予定どおりだ。駅の外に出た。ここからどうするつもりか。そう思っていると、車が止まった。一人の男が急いでドアを開けた。ぼくは車に乗せられた。
一番若い男と2番目に若い男の間にすわらされた。一番年上の男は助手席にすった。
新宿は初めてなので方向がよく分からないので、風景を頭に入れることにした。
誰もしゃべらなかった。10分ほどすると、一番若そうな男が、「ぼく。女からバッグを預かったよね」と聞いてきた。
「ええ。預かりました」ぼくは何でないように答えた。
「あれはどうした。あれはおれたちのもので、あの女が奪っていったので、おれたちが追いかけていたんだ。女がぼくに渡すのを見ていたから返すように言ったんだ。何で逃げるんだ」と執拗に聞いてきた。
「女の人がすぐに戻るからと言うので待っていたんですけど、あなたたちが急に、『返せ』と言うものだから、本能的に逃げたんです」
「分かってくれたら返してほしいだけど」2番目に若い男が言った。
「警察に届けました」
「ほんとか」
「返そうと思って毎日駅に行ったのですが、女の人が来なかったので、警察に届けるのが一番早いと思って」
「どこの」
「近くの交番に」
「交番でどう言ったの」
「ありのままです。預かったけど、家に帰らなくてはならないのでお願いしますと頼みました。
「どうします。中を見ていますかね」二番目に若い男は助手席に座っていた一番年上の男に聞いた。
「見ても分からないだろう。多分機械的に処理をしているだけだ」
それを聞いて、一番若い男は「ぼくね。きみが返してくれたら、ここで降りてもらうつもりだったが、警察に届けたのなら、もう少し用事を頼まなくてはならない。誘拐なんてことはしたくないんだけど、家はどこ」
ぼくは、「父と母は研究のためにイギリスにいます。ぼくは日本にいたいので、長野県のおじさんの家にいます」と説明した。
「そうか。それならおじさんにどう言うかだな」
「おじさんはぼくが家にいようがいまいか気にしません。うちの家系は人のことはあまり考えないほうで」
3人は黙った。今どこを走っているのか確かめようとしたが、ずっと同じような風景が続いているので、よくわからなかった。
こいつらはぼくをどうするつもりだろうかと考えていると、一番若い男が、「それなら、申しわけないけどしばらくおれたちとつきあってもらうよ」と言った。
ぼくは、うれしそうに返事をするわけにはいかないので、黙っていた。
車はそれから30分以上走って、住宅地の中を入っていった。しばらくすると、ビルの中に入り、シャッタが閉まった。
「ぼく。降りてくれるか」一番若い男が言った。それから、階段を上がり、3階の部屋に入った。
会社の応接室のようだ。一番若い男と次の男がぼくとともに入ると、リュックサックを取り上げた。年上の男はどこかへ行ったようだ。
「ここにすわったらいいよ」と言うので、すわってあたりを見ていた。しかし、会社のことが分かるものは何もなかった。
ジュースを出してくれたので、それを飲んでいると、質問が続いた。
二人の男がぼくの前にすわったが、質問は若いほうの男がして、別の男はぼくを観察していた。
「学校はどうした」
「行ったり行かなかったりです。学校もぼくのことが分かっているので気にしていません。それまでは家の都合で施設のたらいまわしであちこち行っていました」
「それは変わった経験をしたんだな。ところで、きみがバッグを預かってから今日まで20日以上たっているけど、この間どこにいたんだ」
「4,5日は野宿のようなことをしていたけど、一旦家に帰り、また来たんです。
女の人が困っているのではないかと思って」
「責任感が強いんだな。でも、普通そんなことする子供いないぜ」
疑っているようだ。もっとうまく答えようと思った。