のほほん丸の冒険 第1章16~20

   

のほほん丸の冒険
第1章16
「おじいさん、ぼくです。ぼくです」と慌てて叫んだ。
おじいさんはぼくをじっと見ていたが、」「おまえか。なんとゆう恰好をしておるのじゃ。おまえにはそんな趣味があるのか」相当びっくりしたのか、今にも立ちあがろうとしていた。
それは無理がない。ぼくは化粧をした上に、薄紫のブラウスと水色のスカートをはいていたのだから。それは、家族でどこかに旅行する女の子に見えるようにしていたのだ。
「趣味ではないのですが、少し必要になったので」と言いわけした。
「そんな恰好をしなければできないことなのか」おじいさんはまだぼくの様子を見ながら言った。「そうです」ぼくはすぐに答えた。
テントを出てから通りにある店を見ながら歩いていたら、すぐに子供服専門店があった。
大きなショーウインウには、4人家族のマネキンがおきなカバンをもってどこかに出かけていた。ぼくは、二人姉妹の姉の服装をしようと思ったのだ。
ぼくは店に入った。若い店員が、あらっという顔でぼくを見た。それから、「何かお探しですか」と近づいてきた。
「ショーウインドウのマネキンが着ている服がほしいのですが」
「かしこまりました。でも、誰が着るのですか」と聞くので、ぼくは、「自分で」と答えた。店員は目を丸くしてぼくを見ていた。
「だめですか」と言うと、「いえ。そんなことはないのですが、ご両親は来られますか」とさらに聞くので、「来ません。一人で買いに来ました。だめですか」と少し余裕が出てきたので、店員をじっと見ながら言った。
「それじゃ。少し待ってください」とぼくを奥に案内した。
ぼくは椅子にすわって待っていたが、その間店員がどこかに電話していた。
10分ほどすると、店のドアが開いてもう少し年上の女の人が急いで入ってきた。
そして、若い店員と何か話していたが、ぼくの前に来た。
「今日はありがとうございます。今うかがったのですが、マネキンが着ている服がご希望だということですね」
「そうです。あれなら、ぼくにでも着られるかなと思って」
「そうですね。試着されたほうがいいですね。どうぞ。試着室に。でも、あれは女の子向きですが、それでもいいですか」と店長らしき女の人は核心をついてきた。
「分かっています。それがほしいのです」ぼくは店長もじっと見ながら答えた。
店長は、「承知しました」と言って、若い店員がもってきた服を受け取った。
ぼくは試着室で裸になり、薄紫のブライスと水色のスカートを身に着けた。
「着ました」ぼくはそう言って、カーテンを開けた。二人は顔の表情を隠しながら、「よくお似合いです。どこかきついところはありませんか」と聞いた。
「ぴったりです」と答えると、店長は,ブラウスの背中のところを直しながら、「扮装パーティか何かあるの」とさらに聞く。
ぼくはどう答えようか思った。「そんなところです」と言えばこれで放免される。そう言おうと思ったが、「待てよ」と思った。女の子の服を着るだけで、ぼくが男とばれないものか。たとえば歩き方とか物の持ち方とか。
この店を出ても、それを知るためには、別の店でまた同じような気まずい思いをしなければならない。
「実はぼくの彼女がどうも他の男とつきあっているようで心配なんです。
今日そいつとデートするという情報をつかんだので、どんな男か見てやろうと計画したわけです。3時に南口で会うらしいです」
「それで、女の子の格好をするのね」二人は顔を見合わせてうなずいた。
「後1時間か。それじゃ。顔にも少しお化粧したほうがいいわ」二人をぼくの顔や頭をさわりはじめた。
20分後、顔は大理石のようにように白くなり、頬と唇は薔薇のように赤くなった。そして、頭は服に似合う紺色の帽子が乗った。
化粧品やそれを入れるバックはくれたので、締めて14800円払って店を出た。二人の「それではがんばってね」という声に送られてテントに急いだ。

のほほん丸の冒険
第1章17
おじいさんは、ぼくが女の子の服を着て顔にも化粧をしているのを見て飛び上がるほど驚いたが、こんな格好をする必要があるとぼくが説明すると、それが何か分かったようで、「誰かつけようか」と聞いてくれた。
「いや。ぼく一人で大丈夫です」と答えた。
「それならそれでかまわないが、気をつけろよ。わしのような年よりは騙せても、今どきの人間なら、おまえを男とすぐに見破るじゃろ」
「服を買った店の人にもそう言われて、少し練習してきました」
「それならいいが」おじいさんはうなずいた。
ぼくはおじいさんに例のバッグや自分のリュクサックを預けて、服と一緒に買ったピンクのバッグをもって新宿駅に向かった。
途中、女の子らしくみえるように気をつけて歩いた。特に歩き方には気をつけた。大股にならないように、また、膝を折りすぎないようにしなさいと店の人に注意されていたのだ。
若い女の人とすれちがったときは、こちらをふりかえらないかと確認した。しかし、それもなく新宿駅南口に着いた。
相変わらず大勢の人が行き来していた。ぼくが女の人に会ったときにすわっていた場所には若いサラリーマンがすわっていた。そこはベンチではなく、壁から突き出ているだけだから、普通は誰もすわらない。だから、あの女の人も、男らもすぐにわかるだろう。ぼくは反対側に行って、サラリーマンがいる場所を見た。
20,30分ほどたったが、何も起こらない。もう女の人も男らも来なくなったのだろうか。ぼくだけが何か大変なことが起きているにちがいないと思っているだけだろうかと考えて人の行き来をぼおっと見ていたが、あっと声を出すほど驚くことが起きた。
ぼくを追いかけてきた3人の男がいたのだ。まちがいない。男らはゆっくり歩いて、まだすわっていた若いサラリーマンを見ていた。それから、3人で話し合っていたが、別れてあちこち歩いた。
ぼくのことには気づいていない。ぼくは店の人が小道具としてくれたおもちゃの携帯を取り出し、友だちと話をしているようにふるまった。
あいつらが別々にどこかへ行ったらどうしようかと考えた。ここで見逃したらもう会えないかも知れないのだ。
3人とも見えなくなったので動こうとしたら一人が帰ってきた。そんなことが何回もあって、誰か一人をつけようかと考えていると、「おじょうさん」という声が聞こえた。頭を上がると、おばあさんだった。
「すみません。高島屋はどう行くの」と聞いている。乗り換えなどなら、「駅員さんに尋ねてください」と答えるようにしていたが、高島屋ならすぐそこだ。ぼくは説明する代わりに、おばあさんを連れて行った。
おばあさんは、「ありがとうね。お友だちが絵の作品展をするので、何十年ぶりに新宿に来たの。でも、ものすごい変わりようで分からなくなっちゃって」と恐縮していたが、ぼくはうなずくだけだった。
急いでいるのと、まだ女の子の声を出す練習していなかったからだ。
戻ると、3人はいない。しかし、少し探すと、3人がカフェの窓際にすわっているのを見つけた。しばらくすると、3人のテーブルに若い男が近づいた。
何か話をしていたが、しばらくすると、4人の男は立ち上がって店から出てきた。
すると、3人の男たちはどこかに行った。一人若い男だけがぼくの近くで立ち止まった。
あの男らについていくべきか迷ったが、若い男はそこに立ち止まったまま行き来する人を見ていた。ぼくはこの男を見張ることにした。
若い男は、1時間以上そこにいた。もちろん、今は誰もすわっていない例の場所にも注意していた。
ぼくも、もしあの女の人が来たらと思うと気が気ではなかった。
2時間近くなって、男は携帯を取り出して何か話をしていた。それから、改札口から駅に入った。
ぼくもすぐについていくことにした。男は中央線乗り場に行った。数本電車を乗り過ごしてから電車に乗った。ぼくも同じ車両に乗った。幸いかなりの人がいたので怪しまれる恐れはない。
いつ降りてもいいように駅に着くたびに準備した。男は降りた。三鷹市だ。
それから、タクシー乗り場に行って、タクシーに乗った。
ぼくは慌てたが、次のタクシーに急いで乗った。子供一人だと気づいた運転手は、少し驚いたようだったが、「どこへへ行きますか」と聞いた。
ぼくは、なるべく高音で、「あのタクシーを追いかけてください」と言った。
さらに驚いた運転手は、「はい」と答えたが、どうしても聞きたいことがあったようで、「何かあったの」と聞いてきた。
「あいつはママを騙した男です。どこに住んでいるか見つけたくて」と注意しながら答えた。
前のタクシーは20分ぐらい走って止まった。男が降りてきた。運転手はコンビニの駐車場に入って止まってくれた。
お金をはらうとき、運転手は、「きみね。女の子はそんなに足を広げないよ」と言った。ぼくは、「気をつけます」と言って外に出た。

のほほん丸の冒険
第1章18
急いで歩道に行くと、数人の歩行者の中に若い男がいた。急いで後を追った。30メートルほど進むと、前後をちらっと見た。それから、建物に入っていった。三階建ての地味なビルだ。少し離れて両隣りにも同じようなビルがあった。
ぼくはそこを素通りして、しばらく進んだ。それから向こうに渡るふりをして、赤信号で立ち止まって、男が入っていったビルを見た。他の出入りはない。
青信号になったので、道を渡った。車の往来はかなりあった。
うまい具合にビルの反対側にカフェがあった。外から見ると、窓側にカウンターがあって、道を見てすわるようになっていた。
ここなら、ビルを監視することができるし、スタッフや他の客と顔を合わせることもない。
携帯電話や本、それから、化粧ポーチを出した。店の人が、小道具として使ってと渡してくれたものである。これで、女の子が時間つぶしをしているように見えるだろう。
ビルは人の出入りもなく、また窓にはブラインドが下がっていた。
しかし、2時間ほどすると、3階の窓のブラインドが開けられた。二つの影がちらっと見えた。一つは大人のようで、もう一つは少し小さい。しかし、すぐに窓から消えた。
こんなビルに子供がと思うと胸が騒いだ。ひょっとして、でも、どうしてという言葉が口から出そうになったが、気持ちを抑えた。
時間を見ると、ここに3時間近くいた。客はそこそこいたが、あまり長居をすると目立つので、今日は帰ることにした。
テントに戻ると、テツとリュウが、「お嬢さんが帰ってきたぞ!」と喜んでくれた。「じいさんから全部聞いたよ。うまいこと考えたな。それによく似合うよ。昼過ぎに出ていったのに、帰りが遅いから心配していたぜ」
「すみません。ぼくを追いかけてきた3人の男がいました」
「ほんとか!」
それから、後から若い男が来て店に入って4人で話をした。それから、3人の男はどこかへ行ったが、若い男は1時間ほど、ぼくか女の人を探した後、電車に乗ったので、追いかけたことなどをすべて話した。もちろん、小さなビルや二つの影のこともだ。
2人は興奮した。「トモはまだ見つからないですか」少年のことをトモと呼び捨てにするのは少し抵抗があったが、まどろっこしい言い方になるのでそうした。
「そうなんだよ。カズも寝ないで探しているよ」リュウは顔を曇らした。
「それじゃ、おれたちもそこへ行こうか」テツが言った。
しかし、あの影がトモかどうかわかるまで一人で調べたいと思っていたので、すぐに返事をしなかった。
すると、おじいさんが、「もう少し本人の気がすむようにさせてやれ」と言ってくれた。
翌日も昼過ぎにあのカフェに行った。ランチを注文した。食事をするとゆっくり時間を過ごしせるから、不自然に思われないだろうと考えたのだ。
ビルは相変わらず静かだった。ひょっとして他のテナントはいないかも知れないと思った。
若い女のスタッフは3人いた。セルフサービスなので話をすることはないが、一人のスタッフがぼくのことが気になっているようだった。
テーブルを拭いたりするときに、ぼくのほうを何回も見るような気がしたのだ。
ぼくが男であることを見破ったかもしれないと焦った。しかし、ばれたところが気にすることはない。
カウンターの客がぼく一人になったとき、そのスタッフに声をかけた。
「すみません」「20前後のスタッフは笑顔で走ってきた。
「少し聞きたいことがあるんだけど」と声を意識しながら聞いた。
「何でしょうか」
「あのビルには誰かいますか」と聞いた。
「えっ。ビル?どうしたの」
「いや。ちょっと訳があって」
「そうなの。3階の会社に何回か出前したことがあるけど、別に変わった様子はなかったよ」
「そうですか。ありがとうございました」ぼくは礼を言って話を打ち切った。
そのスタッフは一度離れたがすぐに戻ってきた。
「今思い出した。一度出前が終わって下に降りたの。あそこはエレベータがないから階段だけど、階段で降りて、ビルの外に出たの。
そのとき、何気なく後ろを振り返ったら、さっきお金を払ってくれた人がビルの裏から歩いてきたのよ。ええっ!と思ったことがある」
「まちがいないですか」
「お金を払うのはいつも同じ人だから絶対まちがいない」
「そうなんだ。奇妙ですね」
「そうなのよ。あのときみんなに言ったら、錯覚だと笑うので忘れていたわ」

のほほん丸の冒険
第1章19
ぼくは、「そうなんだ。ありがとう」とスタッフに礼を言って店を出た。
それから、バスに乗り駅に戻り、ホームセンターを探した。幸い歩いて行ける場所にあった。
すぐに道具コーナーに行き、ドライバーセット、スパナ、バール、ペンチ、ハサミ、ハンマー、くぎ、ロープ、懐中電灯などと、それを入れるリュックサックを買った。
レジのおばさんに、「お嬢ちゃん。すごいわね。何に使うの?」と聞かれたので、「一人で住んでいるおばあちゃんから、『壁の穴からネズミが出入りするので、なんとかしてくれないか』と頼まれたので、穴を塞ごうと思って」と説明した。
「えらいわね。お父さんはしてくれないの」
「海外に行っているから、わたししかいないんです」
「それなら、ネズミが寄りつかないクスリがあるよ」
「それは買ってあると言っていました」
「そう。おばあさんのためにがんばってね」
それから、駅に戻った。ここなら、大勢の人が行き来するから、目立ちにくい。
これからの作戦を考えながら、時間を過ごした。ようやく薄暗くなってきた。食事をしてから、ビルに行くバスに乗った。
着いたときは、通りの店はどこもネオンが輝いていた。あのカフェも営業をしていて、客がかなりいた。その横からビルを見ると、玄関は相変わらず明かりがついていなくて、闇に紛れているようだった。
そして、内部からも明かりも見えなかった。カフェの若いスタッフは3階に出前したと言っていたから、ぼくが追いかけた若い男は三階にいるかもしれない。
そして、玄関はシャッタが下りているので、スタッフが言っていたように、ビルの裏に何かあるかもしれないと思った。
幸いビルがあるほうは両隣も小さなビルがあるだけで、人通りも少ない。ただし、両隣のビルには、玄関も内部も明かりがついていて、人もいるのが見える。
リュックサックはかなり重い。いざとなったら捨てて逃げなければならないから、貴重品は身に着けて、向こうに渡った。
そして、誰も来ないことを確認して、右隣のビルとの狭い隙間に入った。
ビルの裏は少し広くなっていて、木が10本近くあった。ビルに沿って左に行ったが、普通あるはずの裏口がなかった。
それなら、あのスタッフが同僚から言われたように、何かの錯覚だったのか。自分がランチを渡した男と、たまたま裏から出てきた男とまちがったかもしれない。
そうなら、あきらめざるをえないが、その前にもう一度裏側に戻った。
怪しい所はない。ここにあるのは小さな林だけだ。そこに行って木が見たが、普通の木があるだけだ。地面を懐中電灯で照らして調べた。普通の土があるだけだが、一か所だけ金属のような音がした。
慌ててそこを手で払いのけると、マンホールのようになっているのが分かった。
すぐに凹みにあるフックを引っぱって開けた。
電灯を照らすと金属の梯子(はしご)が下まで続いていた。しかし、昔マンホールから有毒ガスが出て死亡した事件があったのを思いだして、しばらく様子を見ることにした。5分ほど待ったが、頭が痛くなるようなことはない。
意を決して体を入れた。ゆっくり蓋をしてから、徐々に降りていった。すぐに下に着いた。
かがむと横に行けるようになっていた。すぐに広い場所に着いた。しかし、2メートぐらいで行きどまりになった。電灯で中を照らした。何もない。しかし、天井部分は斜めになっているようだ。
ここはどこだ。何のためのマンホールなのか。ここから出られないのか。そんなことを考えながら、電灯であちこち調べた。
すると、突き当りの下に枠のようなものがあった。隙間にドライバーを差しむとすぐに開いた。気をつけながら外を照らすと、そこはビルの中だと分かった。
そうか。秘密の出入り口になっているんだ。すると、カフェのお姉さんはまちがっていなかったかもしれない。
このビルはエレベータがないので、若い男は急いでいたので、マンホールから出たのだ。合点がいった。
そこから出ると、通路の壁に赤い明かりがついていた。消火設備だろうか。後は真っ暗だ。ずっと照らすと、自分が出てきたのは階段の側面だったのだ。
それで天井は斜めになっていたのか。ぼくは音を出さないように階段を上った。

のほほん丸の冒険
第1章20
懐中電灯の光を小さくしてゆっくり階段を上がった。気をつけてもミシミシいう音がするので、すぐに休んではあたりの様子をうかがった。ドアが開く音がしたらどうしようかと考えた。また、マンホールからしか逃げられない。
誰か出てきたら、まず上に行って相手を誘う。それから急いで1階に降りる。そこまで考えたら、2階に着いた。そっと壁から2階の奥を覗いたが、ドアが開く様子はない。
それに部屋も真っ暗で人がいる気配はない。3階に上がることにした。カフェから人影が見えたのも3階だった。
ぼくは深呼吸をしてゆっくり上がっていった。廊下は真っ暗だが、手前の部屋には人の気配があるような気がした。確かに人の声が聞こえる。
心臓が激しく打っている。懐中電灯を消して、手前の部屋のほうに向かった。
聞こえる声は大きくなった。ドアの上の窓ガラスにちらちら光が見える。
覗きたいが無理だ。声を聞くとどうもおかしい。ひょっとしてテレビの声か。しばらく聞いていた。やはりテレビだ。
その時電話が鳴った。心臓が止まるかと思った。逃げたくなるのに堪えて、次のことを待った。
男の声がしだした。何か話しているが、内容はまったくわからない。しかし、はい、ないという返事を頻繁にしている。何か命令を受けているのか。
電話をしている間は、外のことまで注意しないだろう。ぼくは奥の部屋、つまり、道路側の部屋のほうまで行った。この部屋に誰かいたのだ。
しかし、ドアの上のガラスには灯りは感じられない。それなら今電話している男の部屋に子供らしきものがいるのか。そうなると助けるのは無理かもしれない。
助けようとすれば、男を外におびきよせなければならない。その間に子供を助けるわけだが、そんなことができるだろうか。
その時、その部屋の中から咳をしているのが聞こえた。子供の咳だ。やはりここだ。
ノックしたらいいのか。しかし、一人でいるかどうか分からない。
それにノックが隣に聞こえたら元も子もない。それなら屋上に行けないか。
それで、階段のほうに戻ることにした。まだ声が聞こえる。どうやら電話はまだ続いているようだ。
懐中電灯を照らすと、5段の階段があってそこに屋上に行けるドアがあった。
案の定鍵がかかっている。ドアを開ける方法はいくつか知っている。施設にいたとき泥棒グループにいた2年年上の少年から聞いて面白半分で試したことがある。
それで、リュックから工具を出した。ノブの真ん中に小さな穴が開いていれば、六角レンチで開けることができる。しかし、それはない。
それで、ドライバーを出して、鍵穴に差し込んで何回か動かした。しかし、まったく開かない。
それを諦めて、まわりを照らした。すると、階段の上に明り取り窓があった。40センチ四方ぐらいある。ここには防犯の柵がない。ただ、ビルの外には何もないだろう。ここから屋上に行けるかどうかは分からない。
しかし、とりあえずやってみようと思った。施設いた少年は、窓ガラスはすぐに割ることができると言っていた。さすがにこれは施設で試すわけにはいかなかったのでやったことはないが。
手っ取り早いのはバールでガラスを割ることだそうだが、大きな音が出るだろう。
それから、少年が教えてくれたのはドライバーで窓枠とガラスの間に差し込んでガラスにヒビ入れる方法だった。これなら音がしない。
しかし、明り取りまでは床から2メートル近くある。ぼくは、マンホールを出て階段の出入り口までに何か道具が置いてあったような気がしたので、またそこに戻った。しばらく探すと、折り畳みの脚立があった。注意して3階までもっていった。
そして、大きなマイナスドライバーを出して、少年から聞いたように窓枠とガラスの間を叩きつづけた。
10分ほどしたとき、ガラスを調べた。すると、ヒビがかなり入っていた。それをゆっくり外していった。やがて、まったくガラス片がなくなった。
後はここから体を出して屋上に上がるのだが、どこかに体を支えるものがあるのか。
壁には何もない。上半身を出して、屋上のほうを見ると、どうも柵があるようだ。
それで、ロープを柵に通してそれをつかめば、屋上に行けるような気がした。
しかし、それがなかなかうまく行かない。ロープの先を結びにして、何十回も投げつづけた。ようやく結びが落ちてきた。
柵の強度を確かめて、それに捕まり窓枠に立った。ようやく屋上に行くことができた。
しかし、これからだ。ぼくは自分を奮い立たせた。それから、用心して道路側のほうに行った。

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