のほほん丸の冒険 第1章11~15

   

のほほん丸の冒険
第1章11
みんなリュウを見た、しかし、リュウはもったいづけるためか一人でうなずいている。そして、「あいつに頼むか」と独り言のように言った。
「おまえ、何をもったいつけているんだよ。早く説明しろ」テツがリュウを叱った。
それでも、リュウはみんなが自分を見ているのを確認してから、「分かりました。説明します」と重々しく言った。
それから、探偵のように話しはじめた。「この子供の話を聞くと、その女の人は男に追われていたので、とにかく急いでいた。
そのとき、一人の子供が所在なさそうにすわっているのが目に飛び込んできた。逃げる途中バッグを持っていたら危険だと考えていたのですが、子供なら疑うことはないだろうと思って、バッグを預けることにしたのです。
その間、10秒ぐらいだったはずです。つまり、短時間だったので子供の顔を覚えていないはずです。その証拠に、この子供も、その女の人の顔を明確に言えないからです。
そして、追いかけてきた3人の男です。やつらは来なかった。この子供のことをはっきり見ています。その証拠に、追跡劇が行われている間に、子供の姿を見失うことがあっても、次に見つけたときはどの子供か特定していたからです。
とにかく、何らかの事情で女の人は取りに来なかった。その理由は二つ考えられます。一つはあわてていたのでそれをどこで渡したか分からなくなった。もう一つは、男たちがすぐに子供を追いかけはじめたので渡した場所に行ったが子供はいなかったからです。そして・・・」
「それは分かった。それでどうするんだよ」誰か苛立ってきたようだ。
リュウはそれに動じることなく、同じ調子で話をつづけた。「この事実を踏まえれば、今後どうするかすぐに答えが出てきます」
いよいよリュウが結論を言うときだと分かったので、みんなは瞬きもせずにリュウを見守った。
リュウもそれが感じたので、またみんなを見渡して、「それでは結論を言いましょう」と宣言した。
「つまり、別の子供をその場所に立たすのです。女の人は明確な記憶がないので、そこにいれば、声をかけてくるでしょうし、たとえ男たちが来ても、自分たちが記憶している子供ではないので、他の子供、つまりここにいる子供を探しつづけるでしょう」
「おまえの考えは分かった。おれも賛成だ。しかし、この子供の代わりになる子供はいるかな。それに、かなり危険が伴うぞ」テツが聞いた。
「います」リュウはすぐに答えた。
「どこに?」
「池袋の仲間の家によく来ていた子供がいます」
「サムにいつもくっついていた子供だろう?」誰かが言った。
「そうです。度胸があります」
「でも、サムは引ったくりで捕まって今はムショだろう。サムがいなくても子供は来ているのか。いつもサムのケツについていたじゃないか」」
「今はサムの手下のカズがサムのことを面倒見ています。ムショからの連絡もカズのところへ来ます。最近おれもカズとは会っていないのですが、今からカズと会って、子供のことを聞きます」リュウは頼りない話をしだした。
「それはいいけど、もしその子供に家族がいれば厄介なことになるぞ」テツが忠告した。
「そうですね。カズや子供とよく話してきます」リュウは素直に答えた。
「じいさん。お聞きのとおりですが、リュウに行かせてもいいですか」テツが聞いた。
「そうじゃな。リュウはいいことを思いついたが、思いつきだけでは世の中では通用しない。
テツ、おまえもついていって子供と話をしろ。度胸があると言ってもサムがいたからかもしれない。
それから、ここにいる子供の考えを聞くのがまず一番じゃ。必死でバッグを守って返そうとしている。自分で行くと言えば今の話はなかったことにしなければならない」
みんなのぼくを見た。すでにリュウの話を聞きながらぼくは考えていたのだ。
ぼくが、みんなに迷惑をかけるから自分でやりますと言えば、それは自分の我儘かもしれない。自分で駅に行っても、誰かついてきてくれるだろう。そこで何かあればさらに迷惑をかけることになる。どうしたらいいか迷っていた。
みんなはぼくを見ていた。頭がくらくらしてきたが、それを振り切って、大きな声で「お願いします」と言った。テツとリュウは出かけていった。

のほほん丸の冒険
第1章12
ぼくは力が抜けたようになってそこにすわっていた。ぼくの目の前で若い人がおじいさんの世話やテントの掃除などをはじめた。てきぱきとする様子は、まるで大きなお屋敷で働く使用人のようだった。
この人たちはどういう人なのだろう。特におじいさんは誰なのか。
それに、青いビニールのテントは町中で見ることはなくなったのに、おじいさんはここに堂々と住んでいて、テツをはじめ多くの人が出入りしている。まるで別の世界というか別の時代に紛れ込んだように思える。そんなことを考えていると、またうつらうつらしてしまった。
「連れてきました」という声が聞こえた。ぼくは頭を振り払ってそちらを見た。
しかし、外の光が強くてよく見えない。二つの大きな影はテツとリュウだろうが、子供の影がない。そう思っていると、小さな影が見えた。ぼくは緊張した。ぼくの代わりをしてくれる子供だと思うと緊張してきた。
テツとリュウがぼくの横を通っておじいさんの近くに行った。後ろに子供がいる。ぼくより大きいがすぐに背中を向いたので、よくわからない。
「見つかったのか」おじいさんが聞いた。
「見つかりました。最近来ていないということだったので、サムの手下に連絡して、連れてきてもらいました。大体の話は途中にしておきました」テツが説明した。
「おまえには家族はいないのか」おじいさんは子供に聞いた。
「います。でも、二人とも家にはいません」子供は妙なことを言った。
「どこにいる」
「二人とも捕まっているので」
「誰がおまえの世話をしているんじゃ」
「おばあちゃんですが、おじいちゃんが施設にいるので、そう来られません。
それで、サムが世話をしてくれていたんですが、サムも捕まったので」
「学校には行っていないのか」
「昔行ったことがありますが、ぼくは発達障害なので、学校に行っても賢くならないと思います」
「誰が言ったんじゃ」
「医者が検査したとおばあちゃんが言っていました」
「なるほど。しかし、今日おまえに頼むことはかなり危険じゃが、できるか」
「テツやリュウが守ってくれるらしいので、別に怖くありません。それに、何だかおもしろそうなので、やってみます」
「それじゃ頼むが、絶対にテツの指示に従えよ」おじいさんは子供にくぎを刺してから、テツに向かって、「女の人が来たら、おまえが話をするのじゃ。もし男たちが来るようなことがあったら、すぐに子供を連れてもどってこい」と命令した。
「分かりました。気をつけて見ています。それから、ここにいる子供がバッグを預かったんだ」とぼくを紹介した。
「お願いします」ぼくはあわてて挨拶をした。
子供はうなずくだけだった。顔は中学生のように見えたが、テツやリュウのようなジャンパーを着ているので、大人びた雰囲気だった。
3人は出かけた。こうなったら早く女の人が見つかることを祈るのみだ。
残った3人の若い人もまたテントの掃除をしたり、おじいさんの服を洗濯すると言って出かけたり、買い物に行ったりと忙しく働いた。
ぼくは何もすることがなかった。今日中にここを出るとして、出てからどうしようか考えることにした。
新宿まで迎えに来てくれた伯父さんは、ぼくと会えなかったことをどう思っているのだろうか。パパもぼくもふらっと消えることがあるので、何も思っていないかも知れないが、生きていることだけでも伯父さんに言っておいたほうがいいかもしれない。
それからどうしようか。とりあえずおじさんの家に行くべきか。あるいは、このまま自由を満喫するべきかなどと考えた。
そうしていると、3人が帰ってきた。ぼくは3人の様子をじっと見ていた。
しかし、だれもぼくに声をかけないで、おじいさんのほうに向かった。
そして、「いないですね。立ったりすわったりさせたのですが」とテツが言い、リュウも「おれは、少し離れた場所で不審な男を見ていたのですが、それらしき男はいませんでした」と報告した。
なぜ来ないんだろうと思っていると、子供が、「昼からもう一度させてください」と頼んだ。「大丈夫か」テツが答えた。
「女の人が場所を覚えていないかも知れませんから、少し場所を変更したらどうかなと思います」
「まるで魚釣りだな」テツが笑った。そして、「分かった。やろう」と答えた。
のほほん丸の冒険
第1章13
テツとリュウ。そして、ぼくの代わりをしてくれる中学生ぐらいの少年が出ていった。
3人の若い男たちもおじいさんの世話とテントの掃除がすむと、おじいさんに声をかけた。「ご苦労じゃった。わしのことはいいから、もう帰っていいぞ」とおじいさんは答えた。
3人は帰っていった。テントにはおじいさんとぼくだけになった。ぼくはテントの天井を見ながら今後のことを考えていた。しばらくするといびきが聞こえてきた。おじいさんはまた寝てしまったようだ。
青いテントが外の光で輝いている。眩しいぐらいだ。少し頭が痛いが、テントから出たくなった。近くの公園にはテツがすわっていたベンチがある。その奥には林が広がっていたと思う。そこを歩いたら気持ちがいいだろう。
そう思って立ち上がろうとしたが、待てよと思った。そうなれば、テントにはおじいさんしかいなくなる。そこへ昨日の男たちが来たらどうなるのか。テツが追いはらってくれたが、「子供が逃げ込んでこなかった」と男は疑っていたのだ。
今男たちが来たら、ぼくには太刀打ちできないかもしれないが、おじいさんを一人にするわけにはいかない。
ぼくがおじいさんを守らなければならない。そう思うと、体に力が戻ってきたのが分かった。
「おまえのおじさんは心配していないのか」という声が聞こえた。おじいさんが起きたようだ。
ぼくが新宿駅でおじさんが迎えにくるのを待っていたと言ったのを覚えていてくれたのだ。
「はい。バッグを返したら連絡するつもりです。しかし、自分が好きなようにしたらいいというと思います。今までもそうでしたから」
「何をするんじゃ」
「まだ決めていません」
「どこに行くかも決めていないのか」
「はい」
「早く決めることじゃ」
静かになった。おじいさんのほうを見なかったが、寝たかもしれない。
ぼくは、おじいさんが言うように、早くこれからのことを決めなければならないのだ。
おじいさんのそばにいる人たちが、ぼくの希望を叶えるために懸命に動いてくれている。テツやリュウも、一日何もすることはないということはないはずだ。早くこんなことを終わらせてしまいたいだろう。
今日一日ですべて終わるかもしれない。まず今晩どこで泊まるかから考えてみようと思った。
長野県のおじさんの家に行くのが一番楽だが、その前に、この人たちのことをもう少し知りたいという気持があった。それなら、この近くのホテルに泊まるべきか。そうなれば、子供一人は無理なので、テツかリュウの子供にいうように言ってもらえたら助かる。もちろん、お金は持っている。
まず目的地を決めてから、少し寄り道をするという考えはパパとそっくりだと思った。
最近は帰ってこないが、パパは、年に数回外国から帰ってきると、ぼくをよく連れだした。「今日は動物園に行こう」と言うのだが、家からまっすぐ動物園に行かないのだ。途中、「図書館にちょっと寄ろう」と言って図書館に入ってしまう。
「何か読んでおいで」と言って専門の本があるほうに行く。
30分もすると心配になって、「動物園が閉まってしまうよ。早く行こうよ」と急がせても、「もう少し待って」と言って席を立とうとしないのだ。
こんなことが何回もあった。そのときは、「パパの頭の中はどうかしている」と思ったが、今は同じようなことを考えているのかもしれない。
今おもしろそうなことをするのが自分にとっていいのだ。落ち着いてから、同じことをやってもつまらないことしか分からないのだということだろうか。
さて、今晩はどこに泊まるか。これを真剣に考えようとしたとき、テントが開いた。

のほほん丸の冒険
第1章14
どっと風と光が入ってきた。3人が帰ってきたのだ。「帰りました」テツが大きな声で言った。「ごくろう」おじいさんが答えた。目を覚ましていたようだ。
3人はおじいさんのそばに行った。「どうじゃったかな」おじいさんが聞いた。
ぼくはみんなの背中を見ながら聞いていた。「女の人は来なかったようです。しかし、怪しげな動きをする男が一人いましたね。今日ここに来た男だったかどうかはちょっと分かりません。
しばらく子供を見ていましたが、それから近づいてきて、こいつをのぞきこんでいました。おれとリュウは何かあればすぐにこいつを助ける用意をしていましたが、すぐに離れました」それから、「そうだったな」と少年に聞いた。
「そうです。おれを睨みつけるように見ましたよ。でも、おれがたじろぐと、怪しいと思われるので、『何ですか』という顔をしてあいつを見ました」と冷静に答えた。
「そりゃ上出来だ。やはり子供を探して、バッグを取りもどしたいようじゃ」
「そう思います」
「この様子なら、これからも来そうだな」
「でも、肝心の女の人はどうしたんでしょうか。まずこの人が来そうなものですが」
「そうじゃ。何か来れない理由があると見えるな」
少し沈黙が続いた。風が強いらしくテントがばたばたとはためいた。それに驚いたのか鳥が甲高い声で鳴いた。
風がおさまると、テツが、「これからどうしたらいいでしょうか」と聞いた。
「うーん。また同じことをすると、男らも、こいつまたいるとなって、手出しをしてくるかもしれんぞ。しばらく様子を見ようじゃないか」
「そうですね」テツは了承した。しかし、まだ誰も動かなった。
ぼくは、ここで楽しく暮らしている人に厄介なことを落ち込んだことを後悔した。ここで出あった人のことをもっと知りたいと思っていたが、それをやめて、すぐにでも「バッグを預かったが、取りに来ない」と交番に届けようと思った。
もしぼくのことを警察が調べてもかまわないんだ。叔父さんが来てくれたらはっきりできるのだから。
そう決めてからみんなを見ていた。おじいさんの意見に了承したはずなのに、テツやリュウはほんとは納得していなくてまだ考えているように思えた。もし何か思いついたら、おじいさんに言うのだろうか。
ようやく、リュウが立ちあがって、「それじゃ、おれがこいつを送ってきます」と言った。リュウが少年と出ていった。
テツがぼくのほうに向いて、「すまなかったな。今日こそ終わると思ったんだが」と頭を下げた。
「いえ、いえ。ぼくこそ勝手なことを言って申しわけありません」ぼくも謝った。
「今から長野県の叔父さんに電話したらどうなんだい。今日からちゃんとしたところで寝られるよ。今なら間に合う」とぼくを心配してくれた。
「いいえ。迷惑でなければもう少しここで泊まってもいいですか」とすっと口から出た。
えっ。ぼくはどうしたんだ。さっき、みんなに迷惑をかけるから、今すぐにも交番に行って、バッグを渡すと決めたばかりじゃないか。なんでそんなことを言うのだと自分に聞いた。
「ここは普通の子供がいるとこじゃないぜ。出入りしている人間もまっとうなやつは誰一人いない。じいさんには悪いが」と言った。「そうですよね。じいさん」テツはおじいさんに言った。
「どさくさに紛れてひどいことをゆうじゃないか。まあ堅気の人にはとんでもないところではあると思うがな。わしはこの子供の意思を尊重するよ」
テツは笑っているが、それ以上何も言わない。しばらくして、「ここにいて、何をやりたいんだ」と聞いた。
「少しやりたいことがあります」ぼくは、その場しのぎの言葉を言った。
「おれたちが助けなくてもいいのか」
「もちろんです。一人でやります」
「交番に行くのか」
「そうするかもしれません」
自分が嫌になった。テツは、おじいさんだって、ぼくを心配してくれているのに、木で鼻をくくるような言い方しかできない。どう言ったらいいのだろう。ぼくは泣きそうになった。
テツは、「何かあったら言ってくれ」と言って出かけていった。しばらくして、公園に行った。ときおり風が吹くが、気持ちのいい天気だった。早くどうするか決めようと思って、公園の中を歩きまわった。
夕方、テツが帰っていた。3人で、テツが買ってきたもので食事をした。
おじいさんの話はおもしろかった。夜遅く寝たが、朝早くリュウの声で起こされた。

のほほん丸の冒険

第1章15
ぼくはその声で目が覚めたが、テツはすでに上半身を起こしているところだった。テントを開けたのは誰か分からなかったが、声でリュウだと分かった。
「リュウか。どうしたんだ、こんなに早く」テツは眠そうに言った。
「すみません。別に早く来なくてもよかったですが」
「それなら起こすな」
「はい」
「いいから用件を言ってみろ」
「きのう駅に連れていった子供が行方不明なんです」
「どういうことだ。夕方まで一緒にいたじゃないか。それから、おまえが連れて帰ったな」
「そうです。カズが待っていたので、まちがいなく返しました」
「それからのことか」
「そうなんです。夕べ遅くカズがおれのとこへ来てトモが来ていないか言うんです。子供はトモというらしいです。『来ていない』と答えると、カズが、『一緒に探してくれ』言うので理由を聞きました。いつも同い年の友だちの家で遊んで寝るときにカズのところに行くのですが、来ないので、一人で何人かのトモの友だちに連絡したのですが、来ていないと言われて、おれのところへ来たんです。
「どこを探してもいなかったというわけだな」
「そうです。サムから、『おれのいない間はトモの面倒を見てやってくれ』と言われているそうで、カズはパニックを起こしているんです」
「どこかに遊びに行っているじゃないのか」
「そこも探したんです。トモのことはカズが全部知っているので、ありとあらゆるとこを調べたんです。それで、ここに来ていないかと思って」
「夕べは来ていない。今日来るとしても早すぎるだろう」
「そうですね」
「そうだ。1ヶ所探していないとこがある」
「どこですか」
「警察だ」
「なるほど。何か起こしたかもしれませんね。もしそうならカズのところに連絡が来ると思いますので、そう言ってやります」リュウは帰っていった。テツはまた寝た。
昼過ぎ、またリュウが来た。カズは思い切って警察に行ったそうだ。何か分かったら連絡をするという返事だった。
「とりあえず安心だ」テツが言葉をかけた。
「まあ、そうなんですが、カズはまだ心当たりを探しています」
それから、3日間過ぎてもトモは見つからなかった。ぼくは、迷惑をかけたくないからすぐにでもここを出ようと決めていたが、このことでそれを言い出すタイミングを失ってしまった。
それなら、テントの掃除や買いものなどをしてお礼をすべきだと考えるようになった。もっともトモのことを知りたいという気持もあったが。
おじいさんは、みんながあわただしく動くのを見ても何も言わなかった。テツもおじいさんに迷惑をかけたくなかったのか何も聞かなかった。
ある日、テツに、「ぼくも何かお手伝いさせて下さい」と頼んだ。
テツはしばらく考えていたが、「きみ」と言いだした。「きみはまだ子供だけど、責任感が強くて、そして賢い。これからすばらしい人生が待っている。誰かがきみにバックを預けるたという偶然が起きなかったら、君と出会うことはなかった。
しかし、こんなことで自分の人生を棒に振ってはいけない。バックがおれたちの誰かが拾ったと届けたらきっとその人に戻るから心配するな。
今日にでも長野のおじさんに連絡をして迎えにきてもらったらいい。とにかく、こんなとこにいつまでもいてはいけない」と強い口調で言い、「これはおじいさんの考えだ」という言葉で締めくくった。
ぼくは黙ってうなずいた。それからテツは出かけた。おじいさんは寝ている。
おじいさんを含めて、みんなぼくを厄介払いしたいのだろう。ぼくが訳の分からないことをもちこみ、それで、仲間の少年が行方不明になってしまったのだから。
このままリュックサックと預かったバッグをもってここを出ればすべて解決するのだ。
ぼくは息を深く吸い込んで、ゆっくり吐き出した。そして、おじいさんのそばに行き、おじいさんの体を少し揺すった。
おじいさんは、うんと言って目を開けた。そして、「どうしたんじゃ」と聞いた。
「ここを出る前に、一つだけやりたいことがあるんですが、認めてくれませんか」と聞いた。
おじいさんは、「それはいいが」と答えたが、「一体なんのことだ」という顔をしていた。
ぼくは、間髪を入れず、「ありがとうございます。それでは少し出かけますがかまいませんか」と聞いた。
「それはかまわないが」と答えたが、まだ納得できていない様子だった。
とにかく、おじいさんの了解を得たので、すぐに外に出た。
それから、1時間ぐらいしてテントに帰った。「ただいま」と声をかけると、おじいさんは、「おまえは誰じゃ」と大きな声で叫んだ。

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