シーラじいさん見聞録
「あのヤマより高いか低いかなんですね」名前部から声が出た。
「そうだ。あのヤマを知っている者には、どんな大きさかがわかる。次に方向について説明をする」
「方向?」
「そうだ。争いなどの現場は、ここからどこにあるかということを教えることができる」
「それがわかるのですか」
「そうだ。諸君の中には、仲間の声を聞きわけて、仲間の方へ行くことができるものがいる」
「もちろんです。しかし、できないものもいるのですか」
「ぼくらはできないよ」とマグロが答えた。
「だから、できないものにも教えることができなければならない」
「なるほど」
「諸君は、外の海に出たとき、あたりが暗いのに光っているものを見るだろう」
「ああ、上を見たらいっぱいある。とてもきれい」
「そうだ。あれがホシというものだ。どれも小さく見えるが、遠くに離れているので小さく見えるだけだ。わしらが住んでいるチキュウより何十倍と大きなものもあるということだ」
「チキュウ?」
「そうだ。チキュウとは、丸いものという意味じゃ」
「そこに住んでいるのですか?」
「そうだ」
「それなら、同じところにじっとしておれないじゃないですか」
「よく気がついた。チキュウが丸いことを見つけたのもニンゲンじゃが、ほとんどのニンゲンも、そう思ったようじゃな。
しかも、このチキュウは、自ら回っているし、タイヨウのまわりをも回っているということじゃ」
「タイヨウ?」
「明るいときに空にある大きなものだ」
「わかりました。とても眩しく、色も変わることもある」
「そうだ。しかも、引力という力で、このチキュウを引っぱっている。また、このチキュウにも引力があって、わしらがどこにも行かないようにしているのじゃ」
「どうもわからない」
「タイヨウは、ウミから出てきてから、またウミに沈むのではないのですか」
またちがう質問が飛んだ。
名前部以外の者からも、「ぼくらもそう思う」、「いつも見ているからまがいないよ」と、控えめな声が聞こえた。
「確かにそう見えるな。しかし、あれは地球が太陽のまわりを回っている証拠じゃ」
シーラじいさんは、そう答えると、顔を上に向けた。
この「海の中の海」にいても、空気に困ることがないので、どこか外につながっているにちがいないと思っていたが、天井のある部分が、規則的に微かに明るくなるところがあるのに気づいていた。
多分、そこがどこかの島になっていて、そこには大きな穴が開いているようにちがいないと思った。
そこを見ると、光が感じられない。どうやら夜のようだ。
「諸君、チキュウとタイヨウの関係は宿題として、今は星を見てみようじゃないか」
そのとき、改革委員会の代表であろう、あの若いシャチは、「シーラじいさん。今回は名前部の者だけでいいでしょうか。他の者は仕事がありますので」
「それはかまわない」
あちこちから不満の声が上がった。
「全員ここを留守にするわけにいかない。他の者は、自分の持ち場に戻るように」と、代表は、すぐにその不満を消した。
名前部以外の者がそれぞれの持ち場に帰ると、シーラじいさんと20頭ぐらいの名前部の担当、そして改革委員会の委員5頭で外の海に行くことになった。
シーラじいさんは、オリオンの顔がちらっと浮かんだが、すぐに消した。
争いをなくすという使命感に燃えている者たちに応えなければならないのに、何を甘えたことを考えている。オリオンを連れていってやろうと考えたのだった。
シーラじいさんたちは、改革委員会の委員を先頭に動きだした。
ウミヘビがいる門とサメがいる門を越して、外の海に出た。
しかし、そこから、すぐに浮上することはせずに、あたりを警戒してから、山脈の麓を進んだ。
ようやく山脈が切れ、真っ暗な深海の荒野に出ると、一気に上をめざした。
いつも数分で海面に出ることができるが、今は、シーラじいさんがいるために、できるだけゆっくり泳いだ。
ようやく海面に着いた。気持ちのいい風が吹いていた。またしてもオリオンの顔が浮かんだ。
「オリオン、待っておれ。もうすぐここに戻って、自由に泳ぎまわることができる。
この海と風は、おまえを待っているんじゃ」
そのとき、名前部の担当たちの声が聞こえた。
「何という数だ」
「こんなにきれいだとは思わなかった」
「よく見えると、光が小さくなったり、大きくなったりしているホシがある」
「諸君。あれがホシだ。ホシにも種類があって、今光っているホシは恒星といって、自ら光を出しているんだ。そして、動かない」
深夜の講義は続いた。