オニロの長い夢 1-64

   

オニロの長い夢

1-64
しかし、カモメの下にいるものが何か分かりません。多分、大きな魚が小魚などを追いかけていて、そのおこぼれをいただこうとしているのだろうと思いました。そういうことがよくあるからです。
それで、腰を下ろしてミハイルからもらったものを食べから、ノソスグラティを探すことにしました。
しかし、何気なく沖のほうを見ると、カモメはさらに集まって、さらに大きな鳴き声をあげています。
その時、もし小魚を取ろうとしているのなら、カモメはもっと海面近くで大騒ぎしているのではないかと思いました。無数のカモメは鳴いてはいるけれど、かなり高い場所を飛んでいます。それで、立ち上がって、もう一度カモメの下をじっと見ました。やはり大きなものがいるようだけど、それがなんだかよく分かりません。浮いたり沈んだりしているからです。ただ、こっちに向かって来ているようですが。
オニロの頭には、まさかという言葉が浮かびました。すぐに港に向かって走りだしました。小一時間ほどかかりましたが、息も絶え絶えになってようやく港に着きました。そして、すぐに船を出す準備をしました。
「もしあれがピストスなら生きているのだ!何かに襲われないうちに助けなくてはならない。カモメは、ピストスが襲われないようにみんなで守ってくれているのだ。だから、敵を見つけやすように少し高く飛んでいるのだ」
オニロは急ぎました。ただ、沖からの風が強くなってきて、なかなか前に進めません。しかし、自分に、「落ち着け。落ち着け」と言い聞かせて、うまく向かい風を利用して、沖に出ました。
ようやくカモメの群れに近づきました。魚のように見えるが、角(つの)らしきものがあるのでピストスにちがいない。必死で泳いでいます。しかし、疲れているようで一度沈むとなかなかあらわれません。オニロは、「ピストス。ピストス」と大きな声で叫びました。
そして、すぐそばまで近づくと、板にロープを巻きつけ、ピストスめがけて投げました。しかし、風が強いのでうまく届きません。
それで、板に巻きつけたロープの端を船にくくりつけ、波の荒い海に板を抱えて飛び込みました。ピストスに近づくと、板をピストスの下に置き、口にくわえていた別のロープでピストスをくくって船のほうに戻ろうとしました。
何とか船まで戻りましたが、波が荒いのでうまく船に上げることができません。
オニロは、少し考えて、先に自分が船に上がり、波が高くなった時に、ロープを引っぱりました。何回も試みて、ようやくピストスを助けることができました。
心臓が破裂するぐらいに苦しかったのでそのまま船の上で息を整えていましたが、ようやく収まったので、起き上がって、「ピストス。ピストス」と声をかけましたが、ピストスはぐったりしたままです。しかし、心臓は動いています。
オニロは乾いた布でピストスの体を拭いてから、また別の布で体を包みました。「ピストス。がんばれ」と声をかけながら港に向かいました。港に着くと、ようやく出てきた太陽の光が当たるように船の場所を変えました。
オニロはピストスの体に自分の体をぴったりくっつけて様子を見守ることにしました。
夕方、「おーい」と声が聞こえました。漁の仕事を終えたミハイルがいつものように来てくれたのです。
オニロの様子を見たミハイルは、「どうした」と言って、船に乗りこんできました。
オニロは、「いや。ピストスが見つかったので連れてかえってきたんだが、気がつかないんだ」と事情を話しました。
「そうだったのか。水を飲んでいないか」
「ピストスを引き上げた時、水を吐かせた」
「分かった。どうしたらいいのか親方に聞いてくる」と言って、ミハイルは宿舎のほうに走っていきました。しばらくすると、ミハイルだけでなく親方も来ました。
オニロは思わず立って頭を下げましたが、親方はすぐに船に乗り込んでピストスを調べました。
親方は、「ミハイル。毛布を持ってきてくれ。それと、水漏れを防ぐ木切れもだ」と指示を出しました。
オニロにも、「右の前足が折れているから、手当てをしなくちゃならん」と説明しました。
オニロは驚いて、「ほんとですか。どうしたんでしょうか」と聞くと、「シカならどんなところでも飛んで走ることができるが、慌てて逃げたか、高いところから落ちたかのどちらかだな」と親方は言いました。
オニロは、巨大な鳥にくわえられたピストスは空から落ちたのかもしれないと考えました。
親方は、ミハイルが持ってきた木切れで骨折した右足に添え木をして、大きな毛布でピストスの体を包んでくれました。
「腫れが引くまで添え木をしておけ」と言って船を下りました。ミハイルも夜の仕事があるので、親方と一緒に宿舎に戻りました。

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