雲の上の物語(5)

      2016/11/11

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとはヘンな童話100選」の(20)

「雲の上の物語」(5)
ビニール傘はすぐに下を見ましたが、あいにく雲が流れてきていたので、何も見えません。
「今、何か通ったような気がした」と、2人を見ました。
「あれは自殺だ。最近多いんだ。ぼくも、以前から見慣れないものがいると、話をするようにしているんだが」黒い傘は悲しそうに答えました。
「自殺?」
「生きる気力をなくして、落っこちることだ。開こうとしないから、そのまま地上にぶつかる。
たとえ海や川に落ちても、いずれ波でばらばらにされたり、底でゴミと絡まったまま朽ちていく」
「せっかく上まで来たのに、どうしてそんなことをするのだろう?」ビニール傘は不思議でした。
「それがよくわからないの。だから、見かけない顔には近づかないように注意されている。変な言動に染まらないようにね」プリント柄の傘も言いました。
「そうなんだ。初めての世界に来て、どう生きていくかわからなくて自信をなくすのではないかと言われている。
寒いときに来ると、なにくそと耐えるけど、春になって生きる気力を失うようだ。ここでは、『五月晴れ病』と言っているが」
ビニール傘は、それで、2人が、ぼくに話しかけたり、ここからの風景がいかにすばらしいかを説明したのかと納得しました。
ぼくのことを心配してくれているのだと思うと涙が出てきそうになりましたが、「今落ちていったのも、そうだろうか」と聞きました。
「そうだと思う。ここに来たのは3ケ月前ぐらいだ。ちらっとしか見えなかったが、見覚えのある柄だった。
あの子は、『柄とは言ってほしくない。ハンドルって呼んでほしいといっていた。
空には、何百、何千という傘が浮かんでいるだろうが、ぼくのハンドルは桜だ。しかも、天然山桜だ。世界でぼくだけだ。持ち主は、わざわざ秋田県角館(かくのだて)まで足を運んで選んだ。
もちろん、生地や骨なども、京都の老舗に特別に作らせたものだ』と持ち主を自慢していたことを思いだした」
「それじゃ、どうして、こんな身の上になったか」
「それは、ぼくらといっしょだ。持ち主が亡くなると、いくら高級でも、出番が少なくなったんだろう。おじいさんがもつような雰囲気の傘だったから。
お墓に置かれたそうだが、だんだん誰も来なくなって、さびしくてやりきれなかったとか言っていたな」
「プライドの高いものほど、初めての場所では、慣れるまで時間がかかる。しかも、自分は特別と思いこむ性格のものは、もっと時間がかかるし、いつまでも友だちができないわ」
「そういうものは、どうしたらいいのだろう?」
黒い傘は考えました。
「そうだな。性格はなかなか変えられない。今しなければならないことを見つけて、それに邁進することだと思う。
自分を見つめるというが、それはたいへんむずかしい。ある程度精神的な余裕がないと、そんなことはできない。つまり、他人や社会のこと少しわかるようになって、そういうことができる」
ビニール傘は、ビニールをカサカサ鳴らして言いました。
「今の自殺したものを探してくる。そして、そのことを言ってくる」
「えっ。でも、今頃はどこかにぶつかってつぶれているかもしれないぞ」
「それでもかまわない。そうなっていれば、今度来た新人に、ぼくが見たことを言うから」
「そうか。それが、今きみがしなければならないことだと思うのなら、ぼくも手伝うよ」
「わたしも行くわ」
「傘を広げずに落ちたから、そう遠くにはいないはずだ、今日は、風がそう強くないから」
「それじゃ、手分けをして探しましょう」
3人は、開け閉めで、落ちる速度を調節しながら地上に向かいました。

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