雲の上の物語(7)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとはヘンな童話100選」の(22)
「雲の上の物語」(7)
ビニール傘は、黒い傘が止まったあたりを見ました。しかし、誰もいません。
足元を見ると、青い苔から何かが出ていました。木の枝でも刺さっているのかと思いましたが、どうやら傘の柄のようです。確かに上品な色合いです。雨にぬれて艶々しています。
しかし、ぴくっともしません。「これが覚悟の自殺というやつか」ビニール傘は、改めてその姿を見ました。
自殺した傘の姿を見たのは初めてでした。ついさっき見たように、捨てられた姿ばかりでした。「何があったのだろう。かわいそうに」涙が出てきそうになりました。
黒い傘は、自分の柄で、相手の柄を軽く叩きました。何度か叩くと、「うーん」という声がしました。それを見守っていた花柄の傘が、「生きているわ!」と叫びました。
「さっき降った雨が、柔らかい苔をさらに柔らかくしてくれたようだ。まったくもって運がいい。アスファルトや石などに落ちると、ばらばらになってしまうけど」黒い傘も、興奮していました。
しばらくすると、桜材の柄の傘は、ゆっくり目を開いて、あたりをきょろきょろ見わたしました。そして、「ここは、どこなんだ?」と独り言のように言いました。
「ここは、地上だよ。どうしてこんなことをしたんだ?」
桜材の柄の傘は、声のほうを見上げました。声の主を思いだしたようで、「ああ、きみか。雲の上ではお世話になった。でも、どうしてここにいるんだ?」と怪訝な声で聞きました。
「覚えていてくれたか。きみが落ちていくのを見たから、助けにきたんだ」
「でも、自分の意思で落ちていくのを助けたりしないのが、雲の上の流儀だったのだろう?」
「そうなんだけど、ここにいる友だちが、どうしてもきみを助けたいと言うから、きみを探しにきたんだ」黒い傘は、ビニール傘を見ました。
桜材の柄の傘も、ビニール傘を見ました。ビニール傘は、何を言っていいかわからなくて、頭を下げるだけでした。
「ありがとう。でも、ほっておいてくれないか。きみらは、早く雲の上に帰ったほうがいいよ」
「でも、せっかく生きているのだから」ビニール傘は、小さな声で言いました。
「そうよ。自分の幸運を生かさなくっちゃ」花柄の傘も言葉をかけました。
「もう生きる気力がないよ」桜材の柄の傘は、弱々しい声で答えました。
ビニール傘は、何とか励ませないかと大きな声を出しました。
「きみの柄は、日本で、いや世界で一つしかないのだろう?このままここで腐っていってもかまわないのか?
ぼくを見てごらんよ。ぼくなんか、今では100円もしないビニール傘なんだ。出先で晴れたら、わざと忘れられるんだ。
強い風にばらばらにされて死んでいく姿を見たことないかい?しかも、みんな笑って見ているんだ。
そして、道端には、何十という無残な死体が積みかさなっている。これがビニール傘の運命なんだ。
ぼくは、偶然雲の上に行ったが、そこにいる傘の姿を見て、自信をなくした。地上のいたときに、『雲の上の存在』だと思っていた傘ばかりだったから。
だから、ここはぼくのようなものがいる場所じゃない。早く戻ろうと思っていたとき、ここの2人が励ましてくれたんだ。
きみは、ブランドもの以上のスターだ。さあ、いっしょに空に戻ろう。そして、なかよく暮らそうじゃないか」
桜材の柄の傘はじっと聞いていましたが、「もう手遅れだよ。体のほとんどが土の中にあるから」とあきらめたように言いました。
「大丈夫だ。きみさえ助かろうという気持ちがあるなら」黒い傘はすかさず言いました。
「どうするんだい?」ビニール傘が聞きました。
「ぼくら3人の柄を、この柄に引っかけるんだ。そして、引っぱる。その時、きみは、体を揺するんだ。すると、土から出ることができるはずだ」
3人は、ピョンと飛んで、桜材の柄に自分の柄を入れて、体を広げました。そして、3人は、いや、4人は、何回も、何回も力を入れました。特に風が出てきたときは、休むことなく続けました。
最初は全く動かなかったのですが、とうとう、桜の傘の体は、ポーンと飛びだしました。
3人も、その勢いで飛びあがり、松の枝に思いっきり体を打ちつけました。