シーラじいさん見聞録

   

「リゲルじゃないか。どうしたんだ」オリオンは、親友を見て、思わず二人っきりのときのように声をかけた。
「オリオン、お帰り。上官が、訓練生が困っていないか見てこいというものだから」
リゲルも、親しい口調で答えた。
「そうか。あちこち回っているけど話が聞けないんだ。近づくとみんな逃げてしまう」
「最初は誰でもそうだ。相手を恐がらせないことだな。今はみんな怯えているから」
「どうしたらいいのだろう」
「絶対に後ろから近づかないことだ。前に回って、少し話を聞きたいだけだという合図を送りつづけろ。
近づきすぎないように注意してな。
きみはおれたちとちがって、やさしい顔をしているから大丈夫だよ」
「明日から、そうしてみるよ」
「時間があったら、きみについていきたいが、他の訓練生も見なければならないので」
リゲルは、そういうと離れていった。
翌日も情報集めに出た。訓練生の担当区域は「海の中の海」に近いために、緊迫した雰囲気は感じられなかった。
それで、ときおり大きな影を見つけるとあわてて近づいてしまうのだ。
オリオンは、進行方向左に長い影を感じた。急いで近づこうとしたが、リゲルの忠告を思いだした。
友好的な信号を送りながら平行に進んだ。しばらくしてから、左へ大きく向きを変えた。
相当の数が集って一つの影になっているようだ。
影は向きを変えるか、あるいは、ばらばらになって逃げるかと様子を見ていたが、オリオンに気づかないかのように、そのまま近づいてきた。
オリオンは、一定の距離を保ちながら、「少し話を聞かせてくれないか」と信号を送った。
影はさらに近づいてきた。今度はオリオンがスピードを緩め、影を待つようになった。
そして影と並ぶ状態になった。大きなマグロの集団だ。オリオンと同じぐらいの大きさのも混じっている。
オリオンは、「ありがとう。何か変わったことはありませんか」と声をかけた。
一番年を取っていそうなマグロが口を開いた。
「わしらは大丈夫じゃが、食料を分けてくれとか、しばらくゆっくりできる場所を貸してくれと言う者が増えましたな」
「やはりそうでしたか。どうしてそういうことになったのですか」
「詳しくは知らないが、見たこともないほど大きな者が大勢やってきて、おれなくなったと言っていった。子供たちはおびえていた」
「そんなに大きなものでしたか」
「わしらやおまえさんの何倍も大きいと言っていた」
オリオンは、礼を言ってその場を離れた。その情報はすでに聞いている内容であったが、自分が直接聞くことで、次のことが考えられる気がした。
数時間後、暗闇の中に、何か異様な動きを感じた。耳を澄ますと、妙な信号があった。
その方向に行くと、また大きな影が見えた。これは、何かが集った影ではなく、一つの影のように思えた。濃い影だったのだ。
一瞬クラーケンだと思った。すると、心臓が激しく波打ちはじめた。
オリオンは、どうするべきかと迷った。
クラーケンなら、前に回るのはまずいと思って、クラーケンの背後から追跡するほうがいいと判断して、影を見失しなわないようにしながら反対方向へ向った。
そして、十分距離が開いたのを確認すると追跡をはじめた。
影はみるみる近づいてきた。どうも光を放っているようだ。信号の音は大きくなって、頭がくらくらしてきた。
オリオンは、さらに近づいた。とてつもなく大きい。ボスぐらいはありそうだ。
上には異様なものが突きでている。
意識を失いながらも、横に回った。進行方向にも無数の光が出ていた。
近くによっても、オリオンには気づいていないようだ。しばらくそのまま並走した。しかし、ボスのような動きは一切しない。
オリオンは、もうまっすぐ泳げないほどになっていた。
薄れていく意識をふりしぼって、次の行動を考えた。このままついていくと、担当区域を越えてしまう恐れがある。
そこで、追跡することをあきらめることにした。クラーケンは、だんだん小さくなっていった。
そこで、海面に行き、クラーケンの進む方向を見た。そのとき、大きな音が聞こえはじめた。
これは聞いたことのある音だ。ニンゲンを助けにきたヘリコプターの爆音だ。
見上げると、数機のヘリコプターが、すぐ上を、クラーケンと同じ方向に向かっている。それは、多分飛行機が墜落した現場のほうだ!
いよいよクラーケンとニンゲンの戦いがはじまるのだ。
今、誰も知らない情報を掴んだのだ。オリオンは、興奮した気持ちを抑えられなくなってきた。
早くこのことを「海の中の海」に伝えようと戻ることにした。
ようやく訓練所に戻り、上官を探した。誰かの報告を受けていた。
ようやく自分の番になったので、「今、クラーケンを発見しました。飛行機墜落現場に向っています。ヘリコプターも、そっちへ向かっているのを目撃しました。
いよいよクラーケンとニンゲンとの戦いがはじまるものと思われます」
この情報で、「海の中の海」の次の行動が決まるのだと思うと、早くシーラじいさんと会いたかった。

 -