シーラじいさん見聞録
「まずそれぞれの部署の担当を決めることだ」
そこにいる全員が、そう聞いているような空気が感じられたので、シーラじいさんは、大きな声で答えた。
「わかりました。それじゃ、向こうから名前部、分類部、分析部とするから、自分の希望するところに行くように」
シーラじいさんを訪ねた若い仲裁人のシャチが、大きな声で指示をした。
7,80頭いた仲裁人や書記たちの間からどよめきが起こった。
年老いた仲裁人の中には、今起きようとしていることを、目を輝かせて見ている者もいたが、苦々しい思いを顔に浮かべている者もいた。
しかし、若い仲裁人や書記は、自分は何を担当すべきか決めかねているようだった。
すると、若い仲裁人は、また大きな声で言った。
「きみたち、変更はできるのだから、とりあえず希望の場所に行ってくれ」
ようやく仲裁人や書記が動きだした。
しばらくして、三つのグループができあがった。
それを見た指揮を取る仲裁人は、「シーラじいさん、お待たせいたしました。なんとか三つの部署の担当が決まりました」と、やや興奮した声で叫んだ。
「それじゃ具体的な作業に入ろうか」
シーラじいさんは、若いリーダーの思いに応えるべく、すぐに答えた。
「今日は名前部の諸君に話をするつもりだ」
「わかりました。それなら、他の者は仕事に戻っていいですか」
「いや、残ってもらってくれ。今後は、三者で協力しなければならないのだから、同じ知識をもっていることが大事じゃ」
「わかりました。それで、何かありましたら、ぼくら改革委員会のメンバーがお聞きします」
リーダーの後ろには、いつのまにか4,5頭のシャチ、イルカなどがいて、頭を上げた。
どうやら、全員シーラじいさんを訪ねてきた者たちのようだった。そうすれば、相当早くから改革の動きがあったようだ。
シーラじいさんと改革委員会のメンバーは、20頭近くのシャチ、イルカ、マグロ、タコが集っている名前部に向った。
「まず、名前部の諸君は、真ん中に来るように」
名前部の担当者は、すぐに動いた。
「今日は、シーラじいさんに、名前部の諸君に講義をしてもらうことになった。
名前部は、ぼくの知るところ改革の基本となる部署である。諸君の努力に期待する。
なお、質問は大いに結構だが、シーラじいさんがお疲れになるので、名前部以外の諸君の質問は遠慮してもらう。質問があれば、自分の部署の講義のときにするように」
そこに集っている者全員がうなずいた。
シーラじいさんは、名前部担当者の前に進んだ。
「そういうわけで、今日は、名前とは何かをもう一度お話する。わからなければ遠慮なく質問してくれ」そういうと、すぐに講義を始めた。
「わしらが見たことを、誰かに伝えるためには、相手が、それを見なくてもわかるようにしておかなければないないと申しあげた。
それが名前だ。名前をつけておけば、感じることも、誰かに伝えることができる。しかし、それは今言わない。
それでは、具体的な名前を説明する。
わしらが住んでいるところは『うみ』という」
「う・み?」名前部担当者が声をそろえた。
「そう、『うみ』だ」
「これも、ニンゲンが名前をつけたのですか」早速質問が飛んだ。
「そうだ」
「なぜ『うみ』というのですか」
「よくわからない。しかも、ニンゲンも何種類とあるから、それぞれが名前をつけている。
『うみ』といわない人間もいるのだ。
つまり、自分の仲間に伝わればいいのだから、『みう』と決めてもいいわけじゃ」
「それなら、『うみ』は、ニンゲンよりあとからできたのですか」
「いや、ちがう。人間が生まれるはるか以前より『うみ』はあった。この世は、まず『うみ』ができたといわれている」
「それなら、『うみ』は、ニンゲンがあらわれる前には、どう呼ばれていたのですか」
「多分名前はなかったはずだ」
「よくわからない」
担当者は、みんな迷路に迷いこんでしまったようだった。
このままでは改革の動きが止まってしまうように思えたので、シーラじいさんは、名前部の担当者を見まわしながら言った。
「いずれ自分たちが気に入った名前をつければいいのだ。しかし、今は、ここを『うみ』とおぼえてくれ」
「うみ」という声があちこちから聞こえた。
「そうだ。わしらは、『うみ』に住んでいるのだ」
みんなシーラじいさんの言葉を待った。
「次は、あれを見てもらおう」
シーラじいさんの背後は、高さ100メートルぐらいの壁が連なっていたが、一ヶ所だけに前に突きだしているところがあった。
「諸君も、ああいうのを見たことあるじゃろ。あれを、『やま』という」
「やま」という声が聞こえた。
「とりあえず『やま』とおぼえてくれ。そして、『やま』は、たくさんある。そのちがいは、高さや大きさであらわす」
みんな食いいるような目でシーラじいさんを見ていた。
「しかし、気をつけることがある。君と君とは、見た目がちがうじゃろ」
前にいたシャチとマグロに言った。
「君らを比べると、君が大きくて、君が小さい。しかし、今は君が大きいが、ボスが横に来ると、君はとても小さい。高さや大きさは絶対的なものではない」
みんなシーラじいさんが言うことがわかったのか深くうなずいた。
「まず、あの『やま』を中心にして、高いか大きいかを考えることにする」