シーラじいさん見聞録

   

「シーラじいさん、具合はどうですか」という声が聞こえた。
シーラじいさんは表に出た。4,5頭のイルカ、シャチなどがいた。みんなどこかで見た顔だったが思いだせない。
1頭のシャチが出てきて挨拶をした。
「先日はありがとうございました」
ああ、そうか、あの時集まっていた仲裁人や書記か。比較的若い者ばかりだ。すると優秀な者たちだろう。シーラじいさんは、そう思って答えた。
「役に立たない話をしたな」
「いえいえ、みんな感銘を受けました。早くお会いしたかったのですが、秘書から具合が悪いと聞いていましたので遠慮していました」
「だいぶ元気になったようじゃ」
「それはよかったです。お話を聞いてから、私たちは、みんなで何日も話しあいました。
長老などは、長い間積みあげてきたやりかたがある、今さら新しいことをすべきでないという意見でした。
しかし、争いが今までより増えて、凶暴になっていることは、全員感じていたので、私たち若い者が、長老と話しあいを持ってきました」
「なぜ増えるようになったか、そして、凶暴化している原因は何なのかを究明しなければ、壊滅的な事態になるおそれがあるのです」
イルカの仲裁人が話を引きとった。
「ようやく自分たちも変わらなければならないことはわかってくれたので、シーラじいさんの意見を取りいれようと決めたのです。
それで、争いの『分類』をするためには、まず何からはじめるべきか教えていただきたくお伺いしたのです」
他の者も、シーラじいさんの言うことを聞きのがすまいと前に出た。
「正直なところ、わしもちらっと本を読んだだけだから、ご期待に応えられるか心配じゃが」
「ぜひお願いします」全員が言った。
シーラじいさんは、みんなの顔を見た。どの顔にも、何かをしなければならない、何かができるかもしれないという二つの思いが浮かんでいるようだった。
シーラじいさんは、目の前にいる若い仲裁人や書記に、オリオンに対する気持ちと同じ気持ちを感じた。
「わかりました。みんなで勉強しながらということで、引きうけましょう」
シーラじいさんは、力強い声で言った。
「ありがとうございます」全員が声をそろえた。
「それじゃ、明日お待ちしています」最初のシャチの仲裁人がそう言うと、他の者は頭を下げて帰っていった。
シーラじいさんは、リハビリから帰ってきたオリオンに、今の顛末を話した。
「そういうわけで、しばらく忙しくなりそうじゃ。一段落すれば、おまえの家族を探しにいくから」
「シーラじいさん、心配しなくてもいいよ。いつまでも待っているから。
それに、世界が平和になれば、パパやママたちも安心すると思う」
「すまんな。できるだけ早く用事をすませるつもりじゃ」
シーラじいさんは、遅くまで考えごとをしていたが、翌日朝早くに仲裁人たちがいる区画に行った。
全員が迎えてくれた。歓迎をする波が立った。
波が静まると、最前列にいた長老の一人が、「ぜひ意見をお伺いしたいということで、ご無理をお願いしました」と挨拶をした。
「もちろん、どのような結果になろうと、すべてわしらの責任においてなされることですから、あなたには、何の責めもありません。どうか遠慮なくご教示願いたい」
「どこまでやれるか知らんが、できるだけのことはさせていただく。みんなの協力をお願いするばかりじゃ」
また、承諾の波が立った。
「早速、仕事に取りかかる。みんなの献身的な努力を平和の礎(いしずえ)とするためには、分類ということが有益だと申しあげた。
そのためには多くのことを、しかも同時にこなさなければならない。
そこで、三つの部署を作る。名前部、分類部、分析部ととりあえず命名する。
名前部は、ある程度の名前をつける。分類部は、過去の争いに名前を当てはめて、分類をする。分析部は、その争いに出た仲裁案がどうだったか、その後、どのような結果になったかを調べる」
参加者は、大きくうなずいて聞きいっていた。
「それぞれの部署は、書記だけでなく、仲裁人や見回りの者が参加するのが望ましい。
そうすれば、三者の立場からの考えを反映することができる。
こういうことを考案したニンゲンは、自分の損得を優先するがために、往々にして判断をまちがうと聞いている。当然、結果も、期待したものとはちがってくる。
ここでは、仲裁人は、どのような争いか見回りから聞くと、それと類似した争いはないか、そして、その仲裁案はどうだったか、その結果どうなったかを、分類部と分析部に問いあわせる」
参加者は、みんな笑顔になって、隣の者とささやきあっていた。挨拶をした長老も深くうなずいた。
「早くやろう」という声があちこちから上がった。
「シーラじいさん、次はどうするんですか」と誰かが叫んだ。

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