シーラじいさん見聞録
しばらくしてオリオンは、後ろを振りかえった。そこには、いつもの暗闇が広がっているだけで、見送ってくれた者たちの姿はどこにもなかった。
オリオンは、みんなの顔を思いうかべた。すると、泣き声や笑い声がどっと聞こえてきた。もう一度振りかえったが、暗闇は、オリオンの感傷など受けつけようとしなかった。
「ペリセウスは、かなりけがをしていたようですが」オリオンは、悲しそうな声で言った。
「後遺症が残るとしても、まだ子供だからちゃんとやっていけるだろう」シーラじいさんは、あっさり答えた。
「でも、ペリセウスは淋しそうでしたね」
「仕方がない。いつかは別れなければならないのだから」
オリオンは、しばらく黙っていたが、「別れるということは淋しいですね」と続けた。
「そうだな」
「ぼく、ペリセウスを連れていってはいけませんかとシーラじいさんに頼もうと思ったんです」オリオンは、執拗に自分の思いを伝えた。
「うむ、わしも、一瞬そう思った。この世界での出会いは奇跡のようなものだ。
少なくともわしとはもう会うことはないだろう。あの国も、しばらくは静かだろうから、今のうちに武者修行させるのも悪くないかなとな」
「武者修行?」
「世界を見てまわって、よその国を見、そして、自分以外の者を知ることだ。そうすることによって、自分を成長させることができる」
「そうですか。それなら、今からペリセウスを呼びにいきましょう」
「いや、ペリセウスは多くのことを見てきた。自分の国のことで、大人や自分について多くのことを学んできている」
「それにしても、やつらは、激しく責めてきましたね」オリオンは、話をやめようとしない。
「あれは勢いで、ああなったが、おまえには気の毒なことをした」
「いや、あんなに大勢の敵に囲まれたことはなかったので、弱気を見せないように無我夢中で向っていきました」
「争いごとはなるべく避けなければならない。今度のことはわしが悪い。話しあうようにもっていけたはずだ。敵とはいえ、多くの者が死んだり傷ついたりしてしまった」
「あいつらが、話を聞こうとしないのですから」
「それはそうだが、あれで、また、新しい恨みなどが生まれないか心配だ」
「はあ、でも、あのことはほんとでしょうか」
「あのこと?」
「やつらは、この世が壊滅すると言っていましたが」
「さあな。噂というものは、広がるごとに大きくなっていくものだからな」
「ぼくらの世界が壊れるなんて」
「しかし、わしらの世界が、今まで大きく変わってきたことはまちがいない」
「ほんとですか!」
「そうだ。わしらの祖先が生まれる前からも、生まれてからも、突然世界が持ち上がり、ひっくりかえるということを続けてきた」
「なぜそんなことが起きるのですか?」
「世界の下は、とても熱くて、あらゆるものがどろどろに溶けていると言われている。
そして、何万年もすると、融けているものが、何かのきっかけで吹きあがる。それは、ものすごい勢いなので、わしらの世界を粉々にするということだ」
「それで、どうなるのですか?」オリオンは、身を乗り出して聞いてきた。
「吹きあがったものは、やがて冷えて、陸になる。
「陸?」
わしらが住んでいるのとは違うが、同じ生き物が住んでいる世界だ。
「どんな?」
「ニンゲンなどだ」
「ニンゲン?」
「海の上を、動物ではない何か動いているだろう。また、空を、鳥ではない何かがとんでいるだろう。あれを作ったのがニンゲンだ」
「それじゃ、ニンゲンは、魚ではないのに海を泳ぎ、鳥ではないのに空を飛べるのですか」
「そういうことになる」
「ニンゲンは、世界で一番頭がいいのですね!」
「ニンゲンは、自分たちのことをそう思っている。しかし、知能を発達させてすぎて、困ったこともあるらしい」
「そうなんですか」
「おまえは、そのニンゲンと親戚になるということだ」
「えっ、ほんとですか?」
「それ以上のことは、わしもわからんが。今おまえに必要なものは、家族の愛情だ。すぐに探しにいこう」