ののほん丸の冒険 第1章86~90          

   

ののほん丸の冒険

第1章86          
翌日テツから電話があった。「おれたちは、カズという仲間をしゃかりき丸の父親ということにして、カズから、北海道のあちこちの警察に、『こんな子供が見つかっていませんか』と聞いているんだ。カズは昔小学校の先生をしていたので適任だ。もし見つかったらカズの携帯電話にかけてくれるように頼んでいる。
しゃかりき丸は捕まっても何とか逃げるだろうが、もし事故か何かでしゃべれない場合のためにな」。
ミチコからも電話があった。ミチコはとんでもないことをはじめていた。
ぼくが監禁されていたビルで掃除婦の仕事をしているのだ。しゃかりき丸はそのビルから出たきた車のトランクルームに入りこみ、ミチコを助けることができたので、ほんとはその貿易会社を調べたいのだが、ぼくやしゃかりき丸のような子供がビルに入ると怪しまれるのであきらめざるをえなかった。
しかし、ミチコの顔を知っている者がいるはずなので、ぼくは「それは危険ですよ」と大きな声で言った。
「おじいさんの世話はちゃんとしていますから心配しないでね。テツやリュウにはこのことは言っていませんけど、二人とも毎日テントに来て、一緒に世話をしてくれるからそんなに時間がかかりません。
私もしゃかりき丸のことが心配で、東京でできることはないかとずっと考えていたの。
それで、ののほん丸がよく言っているように、虎穴に入らずんば虎子を得ずを実践しようと思ったわけです。
それで、ビルの管理会社に電話をしたら、ちょうど一人辞めたので探しているということだったので、翌日から仕事をしています。
それに、マスクをしていますし、ほとんど下を向いて仕事をしますので、気づかれることはないと思います」
「気をつけてくださいよ。でも、どんなことをするのですか」
「ビルの地下にテナントの駐車場があったでしょう。その奥にごみ置き場があるんですよ。貿易会社は3台置けるようになっていますので、ゴミ置き場に行き来したときに車のナンバーをメモしています。それをまとめてテツに渡すつもりです。一個ずつならテツも困るだろうと思います。
そして、同僚は後二人いるのですが、信頼できるかどうか分かってから、私が休みの時にメモしてもらったらすべての車を調べることができると思います。
貿易会社に来た車の中に北海道と関係があれば、しゃかりき丸だけでなく、ご主人や叔父の行方に結びつくことができるのではないかと希望を持っています」
ミチコが心配だけど、その発想には驚いた。確かにバッグを探しているのはこの貿易会社だからだ。ぼくももっと前に進む努力をしなければならない。
翌日、奥さんが、佐々木が運転手に小さな声で聞いた名前を思い出したと言うのだ。ぼくは体を固くして奥さんの発言を聞いた。
「佐々木は運転手に、『コーズモスから連絡があったか』と聞きました」
「コーズモスですか」
「はい。コーズモスです。まちがいないと思います。私は耳をそばたてて佐々木の言うことを聞いていました。病院で佐々木が何をしたいか知っておかなければなりませんでしたから」
「そうでしたね。コーズモスとは人の名前ででしょうか」
「それはわからないですね。運転手は、『まだ来ていません』と短く答えただけです」
その後、ぼくはミチコに電話をして、コーズモスなる言葉が人の名前かどうか名古屋にいる友だちに聞いてもらった。
翌日、ミチコから電話があり、友だちの話ではそういう名前の会社があるとは知っていたが、友だちの会社は取引がないので調べてくれるそうだ。
「そういう名前の会社があるみたいです」と奥さんに答えた。
「これだけみんなががんばっているのですから、私も負けるわけにはいきません」奥さんは唇を噛んでぼくを見た。

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第1章87          
また奥さんは何か考えるのでないかと思ったので、「もう少し様子を見ましょう」と声をかけた。
そういうぼくもしゃかりき丸を助けるために何かできないか考えていたが、ぼくが留守にすると、奥さんの身に何かあるとどうするんだという思いがあった。
ミチコから連絡が来た。「コーズモスという名前が少し分かりました」というのだ。名古屋の商社に勤めている友だちが、上司などに聞いてくれたのだ。
それによると、研究者を大学や企業に斡旋している組織らしい。研究というものは外部に漏れないように行われるものだが、研究が実ることはそう多くない。
しかし、一つの研究に将来をかけている企業にとっては絶対成功しなければならない。そういうときは、多少研究の内容が漏れる危険があっても、外部からその研究に精通している専門家を集めざるをえなくなる。
その仲介やあっせんをしているのがコーズモスという組織だというのだ。
そういう組織は世界にはいくらでもあるが、コーズモスは有力な組織の一つらしい。ドイツで摘発されたテロ組織にも仲介していたので、警察に捜査されたそうだ。
「佐々木が、『コーズモスから連絡があったか』と言ったのはそういう流れだったのでしょうか」ぼくはミチコに言った。
「流れ?」
「コーズモスが日本の研究者を探すように佐々木が属している会社に頼んだかもしれませんね」
「それなら、お二人や私を監禁したのも佐々木の会社でしょうか」
「かもしれませんね。それで、子供がちょろちょろしているという情報が伝わっていて、しゃかりき丸の背後にあるものを聞き出そうとしているのかな」
「友だちはこれからも情報を集めると言ってくれているので、それを待っています。それと私がメモしたナンバーから何かわかるかもしれません」
「ナンバーはテツに渡したのですね」
「そうです。テツは車の所有者も調べてくれています。今のところは怪しい車はないそうです」
ミチコと話したことはすべて奥さんに伝えた。奥さんは、「ミチコさんは叔父さんを助けるためにがんばっていますね」と言ったので、「奥さんも立派に耐えておられますよ。必ずご主人としゃかりき丸は見つかります」と励ますしかなかった。
その言葉が効いたのか、翌日待ちに待っていた電話が来た。しゃかりき丸だった。
「おい。おれだ。心配していただろう」しゃかりき丸の声は案外明るい。
「しゃかりき丸!生きていたか」ぼくは大きな声で叫んだ。ぼくの声に驚いて奥さんが慌てて居間に入ってきたので、ぼくは、「しゃかりき丸が生きていました」と奥さんに伝えてから、しゃかりき丸に、「どこにいるんだ」と聞いた。
「東別という町だ。そこで、三上というおじさんの家にいる」
「佐々木と関係があるのか」と聞いたが、まったく関係がないと言うのだ。
「とにかく迎えに行く」
「少し待て。まず今までのことを説明する」としゃかりき丸が言った。

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第1章88          
あの時、奥さんと佐々木が車から降り、病院の受付に向かったんだが、角を曲がったら追跡機をつけようと身構えていたんだ。そして、車の後ろに回ってつけようとしてもなかなかつけられなかった。
ようやくつけたと思った時、「おい。何をしている!」と声が聞こえた。立ち上がって後ろを向くと、運転手が仁王立ちでおれを見ていたんだ。佐々木と同じようにスーツを着た30代ぐらいの男だった。
「今何をしていたんだ」と聞くので、「別に何もしていません。靴の紐を直していただけですよ」と言ったんだが、運転手は、追跡機を外して、「これは何だ」と追跡機を突きつけたんだ。
仕方がないので、おれは、実は親が入院しているので、見舞いに来たんですけど、病院に入ろうとした時、知らない人が、「あの青い車の後ろに回ってこれをつけてくれたら1万円やる。理由は大人の事情だが、やってくれないか」と声をかけてきたんで、1万円ほしさについ」とでまかせを言ってやった。
「その1万円を見せてみろ」とまだしつこく言うので、「つけたら受付まで来てくれ。払うから」ということだったので、行くところだったんですと言ったけど、運転手は「いいから車に乗れ」とおれを車に押し込んで、走り出した。
おれは、また監禁されるのかと観念したが、すぐに、監禁されても情報を集められる。そうしたら、ミチコさんの叔父さん、奥さんのご主人を救い出せるんだと思うと、肝がすわった。
車はかなりのスピードで走った。おれはちらちら標識を見ていたんが、北海道の漢字はむずかしいし、英語も読めないので、景色や建物を頭に入れながら乗っていた。
やがて峠みたいな山道に入っていった。左が急な山、右は崖のようなところをどんどん進んだが、車は急に止まった。
何かされるのかと身構えて待っていた。すると、運転手は車を出るとキーをかけて、外に出た。電話をかけたかったようだ。
ただおれをながら話をしていたので、じっとしている他なかった。何回かかけていたから、佐々木とも話しただろうなと思っていた。
運転手が車に乗って走り出したが、10分ほどするとまた携帯が鳴った。
しばらく行くと道が少し広くなったところがあったので、運転手は慌てて車を止めて外に出た。もちろんキーをつけるのを忘れていなかった。
話をすると、すぐに車に戻ったが、車をUターンして元の方向に行こうとした時、おれは急いでドアを開けて外に出て、崖を下りて行った。
運転手が気づいておれを追いかけるようとしても、まず車を邪魔にならないように止める時間がいると分かったので、あのタイミングを狙っていたんだ。
あそこは道が狭くて、そのまま車をほっといて追いかけてこれないからな。
そんなことをしたら、後ろから来る車や対向車に怒鳴られるからな。
案の定、「おい。待て」とか叫んでいたが、追いかけてこなかった。おれも無我夢中で崖を下りていったんだ。
どうしてキーをかけていた車から逃げられたか聞きたいだろう。もちろん、病院の駐車場でポケットを調べられて、手帳などを取り上げられていたが、細いくぎが残っていたんだ。運転手が2回目に外に出てキーを閉める時にそれをドアの間に挟んでやった。ドアが開くか分からなかったが、ぐっと押すと開いたので、そのまま逃げたわけだ。
しかし、崖を下りる時に失敗した。木にぶつかりそうになると、その木に手をついて下りていたが、草か根に足を取られて、転んだ時に頭を打ったようで、そのまま気を失ってしまったんだ。
気がついた時はもう暗くなっていた。しばらく夢でも見ているのかと思ってな。
どうしてここにいるのか分からなかった。ぼつぼつ思いだしてきて、きみが心配しているだろうなと思った。
そこはまだ崖の途中だったので、とにかく下まで下りようと考えて立とうとしたが、足が痛くて立てないんだ。あの時は、おれはここで死ぬのかと焦った。
まだ寒くはなかったが、北海道だから熊でも出てきて喰われてしまうかもしれないと思うと生きた心地がしなかった。腹も減ってくるしな。
体を動かすと痛いからそのまま横になっていた。それと、遭難した時は体力を消耗しないようにするべきだと聞いたことがあったので、明るくなるまでこのままでいようと決めると、少し気が楽になった。

ののほん丸の冒険

第1章89          
翌日も晴れていて、暗いうちから鳥がうるさいほど鳴きはじめた。それにクマなどに襲われなかったのは幸運だった。
明るくなるとどうやら向こうは川があるようだった。つまりおれは崖の下まで
転げ落ちたようだった。これも幸運だった。途中で止まると気がついてくれる人がいないからな。
後は叫ぶだけだ。ただ、腹が減っていたので、腹の底から声が出ないのは困った。でも、何十回も「おーい、おーい」と呼んでいたら、下から誰かが登ってきておれを見つけてくれた。三上さんという50才ぐらいのおじさんだった。
三上さんは、「どうしたんだ」と驚いていた。「崖から落ちたんですが、歩くことができません」と答えると、「すぐに救急車を呼ぶ」と言ってくれたのだが、おれは断った。
もし、新聞にでも出ると、佐々木におれたちのことを知られるじゃないか。
それで、「ちょっと事情があるので、誰にも知られたくないんです」と頼みこむと、三上さんはおれをじっと見ていたが、「分かった。何とかする」と言ってくれた。
三上さんは魚釣りに来ていたみたいだけど、道具をおいてどこかへ行った。
しばらくして、農業で使う一輪車を持ってきた。おれは、「これで崖を上るんですか」と聞くと、「ばか言え。少し行けば林の間に細い道がある」と言って、おれを一輪車に乗せて運んでくれた。
それから、自分の軽トラに乗せてくれて、「とりあえずおれの家に行くか」と車を動かした。
三上さんの家はそこから30分ぐらいだったが、「一人暮らしだから、とりあえずゆっくり休め」と言ってくれた。
ごはんを食べさせてもらってから、病院に連れていってくれた。病院では、三上さんの親戚ということで診察してもらったら、右足にひびが入っているだけということだった。ひどい骨折でなくてこれも幸運だった。
ギブスをしていたけど、3週間でほぼ全快した。
これがおれの状況だけど、その間、きみにどう連絡するか毎日考えた。
三上さんは、治療費なども全部払ってくれただけでなく、つきっきりでおれの世話をしてくれたので、おれの事情をどう説明したらいいのか分からなくなった。
それで、ギブスが取れたら、三上さんにほんとのことを言って、きみに迎えに来てもらうを決めたんだ。
三上さんにちらっと家出していると言ったことがあるので、三上さんは気を使って何も言わなかったので、おれのほうからもそれ以上言えなかった。
しゃかりき丸は、最後は涙声になっていたので、ぼくは、「きみはよくやったよ」と言葉をかけて、こちらの状況を話した。
キミが監禁される前に、佐々木が運転手に何を言ったか奥さんは思い出したんだ。それは、「コーズモスから電話があったか」という言葉だ。ミチコさんが名古屋の商社の友だちに聞いたら、どうやらドイツの商社らしい。摘発されたテロ組織とも関係があるかもしれないとのことだ。佐々木の組織とも関係があるだろうな。コーズモスのことが分かればご主人の行方が分かるかもしれない。
ところで、きみを見失った運転手は怒られただろうな。佐々木も悔しがっただろう。そして、子供にGPSをつけるように頼んだは誰なんだなどと考えて頭が混乱しているはずだ。
そのためか、奥さんの家に時々無言電話があるんだが、佐々木じゃないかと思っているんだ。多分研究所にもかけてているんじゃないかな。
ぼくも何とか佐々木の所在を知ろうと考えているんだけど、無言電話がかかると、奥さんが気味悪がるので、外に行けないんだ。佐々木たちも、ご主人を探しているのはまちがいないよ。焦っているからいつかボロを出すはずだと話した。
しゃかりき丸は、「よくわかった。これから毎日連絡する」と言って電話を切った。
奥さんは、しゃかりき丸から連絡があったことを伝えると、とても喜び、すぐそこに迎えに行きましょうと提案したが、ぼくは、「しゃかりき丸は三上さんに治療費を出してもらったりしてたいへんお世話になっているので、野良仕事などをしてお礼をしたいと言っているんです。それで、気が済むまでしたらいいと言ってやりました。しかし、佐々木をどう見つけるかはお互いのアイデアを出しあうことにしました」と答えた。
ののほん丸の冒険

第1章90          
しゃかりき丸は世話になっている三上さんへのお礼に野良仕事を手伝っているので、仕事が終わる夕方にぼくに電話することにしていた。もちろん三上さんの了承を得ていた。
その電話でお互いの様子を話しあうのだが、ある時、しゃかりき丸は、「きのう、三上さんと話していたんだが、『無言電話が続くのなら、奥さんにうちに避難したらどうかな。部屋もかなりあるから心配しなくていいよ。きみもいるから安心だし』と言ってくれたんだ」と連絡してきた。
ぼくは、奥さんに申し出を伝えたが、「ありがたいお話ですが、ひょっとして主人から連絡が来るかもしれないので、ここで待ちます」という返事だった。ぼくとしては、そのほうが自由に佐々木を探せると考えていたが、それは言わなかった。
その後も、しゃかりき丸は電話をかけてきたが、新しい進展はなかった。
ぼくがいらいらしていているのを感じた奥さんは、「私は三上さんのお家に行ったほうがいいでしょうか」と聞いてきた。
「佐々木のほうが尻尾を見せたら追いかけたいと思っているんです。その時は、三上さんの家に避難したほうが安全だと思います」
「分かりました。早くその時が来ればと思います」奥さんはほっとしたように言った。
しかし、その時はなかなか来なかった。それで、しゃかりき丸が一度帰ってくることになった。これも、三上さんが、「一度帰っておいで」と言って、お金も貸してくれたのある。
しゃかりき丸は1月ぶりに帰ってきた。奥さんは抱き着いて喜んだ。「ののほん丸は『絶対大丈夫です』と言っていたけど、ほんとに失敗したわよ」と涙ぐんでいた。
「相手の隙を見つけたら何とかなると、いつもののほん丸が教えてくれているので、そればっかり考えていました。信号待ちをしたら行動を起こそうとしていたら、おれに電話を聞かせないように運転手が一人外に出たんですから簡単なことでした」
「足は大丈夫ですか」
「三上さんがあちこちの病院につれていってくれたので、後遺症はありません」
その晩、奥さんはごちそうを作ってくれたので、話は大いに盛り上がった。もちろん作戦会議もした。

その結論として、何回も無言電話があるということは、佐々木側が相当焦っていることであり、そこに必ず隙があるから、そこを攻めようと決めた。
相手は研究所を重点目標にしているはずだから、こちらもそこを調べなければならないが、ぼくらのような子供がちょろちょろできない。ましてやしゃかりき丸のことで、どうも子供があやしいと思われているはずだからだ。
それで、奥さんに、見張りをするためにビルに入れるように頼んでもらうことにした。
しゃかりき丸は、三上さんに事情を話して、少し帰るのが遅れるかもしれないと連絡した。三上さんは、「それはおもしろそうだな。わしに手伝えることがあったら何でも言ってくれ」という返事だった。
午後、3人で研究所に行った。怪しそうな車は止まっていなかったが、鉢合わせしないように、しゃかりき丸が道路を警戒することにした。
奥さんとぼくがビルに入り、研究所の様子を見たが、異常がなかった。それで、親しい事務所の人の話を聞いた。
研究所の2軒隣の貿易会社の山崎という女性の事務員とは特に仲がよく奥さんのことを心配していた。
「だれか研究所の様子をうかがっていないかそれとなく見ていましたが、ここは貿易会社が多いので、外国人の出入りが多いんですよ。だから、はっきり分からなかったの」と申しわけなさそうに言ったが、ぼくらの今後の作戦を聞いて、「外国人でも日本人でも、怪しそうな人間がいたら、すぐに連絡しましょうか」と提案してくれた。
そして、会社の社長に頼んで、近くのビルの所有者に連絡をつけてくれた。
ぼくらは近所のビルの所有者に会いに行った。

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