のほほん丸の冒険 第1章36~40

   

のほほん丸の冒険

第1章36
しゃかりき丸はがぼくがいる場所を見つけてくれたのだ。どうして分かったのだろう。それはともかく、あとは「あぶりだし」をどう渡すかだ。
しかし、紙が「あぶりだし」というものだと気づいてくれるかは心配だが、紙の裏表に何も書いていなければ、何か秘密があると分かってくれるはずだ。
どう渡すかを考えた。あの医者の診察を受けにいく時しか外に出られないし、そして、チャンスは一つしかないことが分かった。
車に乗るとき、若い男はぼくを助手席側の後部座席に乗せてドアを閉める。そして、運転席のほうに行く。その10秒前後の間に、ドアをもう一度開けて紙を落とす。そして、ドアを閉めなおすのだ。
それまで頭の中でドアを開けて閉める練習を何回もした。ゆっくりドアを閉めるとうまく閉まらないこともあるので、それを重点的に練習した。
1週間後その日が来た。うまくいった。「今ドアを開けたか」などと疑われることもなかった。
医者は、「後2,3回来てくれるか」と言った。チャンスも2,3回しかないということだ。
その帰り、ビルに入るとき、ぼくは目を皿のようにして前方の地面を見た。
ない。風で動かないようになるべく厚手の紙を使ったが、それでも飛んだ可能性はあるが、とにかくない。しゃかりき丸が拾ってくれたことを祈った。
自分の部屋に帰ると、頑丈な作りの本をめくって、裏表に何も印刷されていないページを探した。
そして、風に飛ばされにくい折り方を考えた。息を吹きかけて実験をした結果、二つに折った紙の四辺をさらに小さく折って、風の力に耐えられるようにした。
そして、もう一度、「女はこのビルにいるか」と書いた。
これなら、風に飛ばされても、どこまでも行くということはないはずだ。
次の週、同じように男が車のまわりを回っている間に作戦を決行した。
紙はなかった。2回ともないということはしゃかりき丸が見つけてくれたのだ。後はしゃかりき丸からの返事を待つばかりだ。しかし、ぼくがしゃかりき丸であっても、これはむずかしい。眼の前を車が通るだけなのだから。しかも、また窓を開けるということはないのだ。
あまり食べていないこともあるが、考えすぎて体がぐったりした。しゃかりき丸はもっと疲れているだろうから、次の手を考えることにした。
次の週、これならどこから見ても病人だろうと思えるほど疲れていたが、医者は、「丸山君。とりあえず今日までにしとこうか」と言ったので、ぼくは、疲れているような声で、「先生。ありがとうございました。それなら、来週もう一回だけ来てはいけませんか」と言った。
「そうか。それならそうしようか」という返事だったので、ほっとした。それから、男に断りを入れて、いつものようにトイレに行った。
そして、個室のドアを開けて中に入った時、床に小さな紙が落ちているのに気づいた。
それを拾って広げると、「ビルにはいないようだ。トイレの用具室に行け」と書いてあった。
しゃかりき丸だ。しゃかりき丸がここにも来てくれたのだ。すぐに個室の隣の用具室を開けた。脚立やバケツやたわしなどをあった。そして、天井には修理などで使うための出入り口があった。
ぼくはすぐにトイレを出て、トイレの前にいた男の後についていき、車に乗った。

のほほん丸の冒険
第1章37
しゃかりき丸はがぼくが落とした紙を拾って、しかも、それが「あぶりだし」だと気づいてくれたのだ。そして、「女はこのビルにいるか」を読んで、すぐに動いてくれたのだ。
そう思うと飛び上がりたいほどの気持ちになったが、若い男は、時々ミラーでぼくを見ているので、顔の表情には気をつけなければならない。
自分の部屋に戻ると、次の作戦を練った。まず走りまわらなければならないので体力がいる。今晩からは出されたものはすべて食べることにした。
診療所ビルは表通りではなく、一つ入った道にあり、住宅も並んでいた。車で追いかけてくるから、狭い道を逃げる。
しかし、そのこともしゃかりき丸は考えてくれているはずだ。それにして、しゃかりき丸はどうしてぼくがここにいることが分かったのだろう。想像もつかない。それを聞くのが楽しみだ。
いよいよその日が来た。ぼくは若い男の後をついていき、車に乗った。
当然ながらいつのように診療所のビルに着き、医者の部屋に入った。いつもと同じように問診を受け、「おかげさまで気分はよくなってきました。食欲も出てきたのですべて食べています」と優等生の答えをした。
「それはよかった。これで、とりあえず終了とするから、また何かあれば連絡してくれたらいいよ」と目つきの悪い医者だと思っていたが、笑顔で言ってくれた。
1階に降りたので、ぼくはいつものように、「トイレに行かせてください」と男に言った。いつものことなので、男は、トイレの前にあるベンチにすわった。ぼくは、ゆっくりトイレに入り、急いで用具が置いてある個室を開けた。脚立を天井の点検口の下に置いてから広げた。
それに上り、点検口を押し開けて、天井に入った。中は暗いが外の光が見えた。
そちらにはっていった。そこは柵があったはずが、すぐに外に出られるように柵は取りはずされていた。もちろんしゃかりき丸がしてくれているのだ。
ぼくは足から外に出た。その時、「のほほん丸。飛び降りろ」という声が聞こえた。ぼくは飛び降りた。少し体がよろめいたが、誰かがぼくを支えた。
言わずと知れたしゃかりき丸だ。「さあ、逃げるぞ」その声で、二人はビルの表に行き、そのまま走った。もちろんぼくはしゃかりき丸についていった。
30分ほど走ると、裏通りから少し広い道に出た。「よし。ここからはゆっくり行こう。走ると目立つからな」しゃかりき丸廃棄が上がっていたが、ようやく声を出した。
「ありがとう。おかげで助かったよ」ぼくは礼を言った。
「ぼくを助けてくれたお返しだよ」
「でも、どうしてぼくが捕まったことを分かったんだい」ぼくは核心をついた。
「きみの言動を見ていると、これは何か一人でしでかすつもりだなと思ったのでな」しゃかりき丸は得意そうに言った。
「そうだったのか」
「それで、きみが一人で買いものをすると言って出かけると、おれはきみを尾行したんだ」
「気がつかなかったな」
「きみがやつらに捕まるところも見ていたんだ。でも、きみはわざと捕まったように見えたので、おれはきみの計画を助けようと決めたんだ」
「おかげで、多分まちがいないと思うが、ぼくにバッグを預けた女の人の存在が見えてきたようだ」
「夜きみがいたビルを見ていたが、3階は電気がついていたが、他の階はまったく電気がつかない。それで、きみは3階にいると思ったが、女の人は同じ階にはいないのではないかと判断した。まちがっているかもしれないが」
「それは正しいと思う。他の部屋で誰かがしゃべっていたら声は聞こえるから。でも、よく『あぶりだし』に気がついてくれたね」
「最近は、きみに影響を受けてスパイの勉強をしているんだ。それで、気がついた。それに、一度きみから『あぶりだし』のことを聞いたことがある」
「そうそう。それから、どうしてぼくがいたビルがわかったんだい」
「あれはGPSを使った位置情報装置というものだ。きみが乗った車の下に置いたのだ」
「きみはそんなものが使えるのか」
「おじいさんのまわりにはいろいろな大人がいる。弁護士。医者。コンピュータの技術者など多くの専門家がいるんだ。その人からこれを使えと教えてもらったんだ」しゃかりき丸は得意そうに言った。

のほほん丸の冒険
第1章38
「ありがとう。きみが助けてくれなかったら、どうなっていたことやら」
ぼくは礼を言ったが、しゃかりき丸は、「きみはどんなことでもうまくきりぬけるから、余計なお世話かもしれないと思ったんだ」と笑った。
「いやいや。あいつらは、バッグについてしつこく聞くから、往生した」
「それはそうだろう」
「『あのバッグを返してくれ」と言うので、『交番に届けた』と答えた。
そうしたら、『どこの交番だ』、『いつ届けたんだ』と聞くので、適当に答えた。
すると、「預り書を見せろ」と来た。ぼくは、『長野県のおじさんの家においてある。連絡します』と答えたんだが、『ちょっと待て』と言うんだ」
「どうしてだろう」
「多分、おじさんがぼくを行方不明になったと警察に連絡しているだろうから、バッグがぼくのものになる3か月きりきりにぼくを長野県に連れて行こうとする魂胆だと思う」
「なるほど。相当用心しているんだな」
「後10日ぐらいでその日が来る。女の人から預かった翌日に届けたと言っておいたから」
「二人も子供を逃して、今頃大騒ぎしているだろうな。それに、何が目的で子供がわざわざ捕まりにきたのかとも思っているだろう。子供の背後には大きな組織があるにちがいないと思っているのじゃないか」
「それはいいことだ。力のあるものと戦うときは、こっちを大きく見せるのは戦術の一つなんだ。源平合戦や戦国時代でも、その戦術で、兵力が劣るほうが勝ったことはいくらでもある。
自然界でも、イワシやアジが群れになるのは、自分らを大きく見せて天敵から身を守るためなんだ。動物でも、立ち上がって自分を大きく見せようとすることもある」
「きみは何でも知っているなあ」しゃかりき丸は感心した。
「偉そうに言っているけど、これはみんな聞いたことだよ。何でも教えてくれるおじいさんがいっぱいいたから」
「でも、よく覚えているなあ」
「一つだけよく覚えている。そうして勝っても、その戦術は一回きりにしておけということだ」
「どうして」
「無勢はどうしても無理がかかる。一人何役もこなさなくてはならないし、夜に攻撃なんかしたら疲れるから、結局いつかは負けてしまう。孟子(もうし)という中国のえらい人が言っているらしいよ」
「でも、ぼくらは2回勝った」
「そうだけど、女の人を助けるまでは気が抜けない。ところで、おじいさんはぼくのことをどう言っている」
「『のほほん丸は必ず帰ってくるから心配するな』と言っている。ぼくがきみが監禁されているビルのことを調べることは許してくれたけど、テツやリュウが何かするのはののほん丸の足を引っぱると言って認めなかった」
「よかった。『妙なことをするならここから出ていってくれ』と言われるかなと思っていたんだ。今からどうする」
「まずテントに帰ろう。多勢に勝つためには少し休まなければならないから」
しゃかりき丸の考えに賛同して、中央線国分寺駅から新宿に向った。
テントには、おじいさんとテツとリュウ以外に3,4人いた。
ぼくらを見ると、ウオーと立ち上がった。それはすごい歓迎ぶりだった。
その間をすり抜けて奥で寝ていたおじいさんに謝りに行った。
「よく帰ってきたな。心配していたが、必ず帰ってくると思っていた。
まだしたいことはあるじゃろ。ゆっくり休んで、慌てずにかかれ」と言ってくれた。
テツやリュウたちからは、芸能人のように何百という質問が飛んだけど、適当に答えた。
「次何をされるのですか」という質問には、しゃかりき丸が、「ノーコメント」とおどけていった。

のほほん丸の冒険
第1章39
テントにいた者は大騒ぎで帰ったが、いつものようにおじいさんの世話をするためにテツとリュウだけが残った。
テツが言った。「のほほん丸。よく帰ってきてくれた。ゆっくり休めよ。
しゃかりき丸が、『のほほん丸は自分から捕まりにいったようです』と言うので、心配していたんだ。
何を考えているんだと思ったが、助けなくてはいけないと考えて、じいさんに聞いたんだが、『あいつは冷静に考える子供だから、もう少し様子を見ろ』と言うので待っていたんだ」
ぼくは、「勝手なことをしてすみませんでした」と頭を下げるしかなかった。
「自分から捕まりにいったってほんとか」リュウが聞いた。
「まあ。あいつらはずっとぼくを探していたので、何とかしなくては思っていたんです。そのうち、しゃかりき丸が捕まったので、すぐに動こうと決めたんです」
「あいつらはバッグを返せと言っていたんだろう」
「そうです。『交番に届けた』と言ってやりました。それで、ぼくのものになるまで監禁しておくつもりだったと思います。
ずっと監禁されているだけでは情報が得られないので、身体がおかしいと言ったら診療所みたいなところに連れていってくれるようになりました」
「お互い駆け引きをしていたんだ。きみはすごいなあ!」リュウが身を乗りだした。
「ある日、あいつらが、『女の人を捕まえた』と話をしているのを耳にしたので、ひょっとしてと思って次のことを考えていました」
「それで、しゃかりき丸も忙しくなったんだな」
「ほんとに助かりました。新宿駅の駐車場であいつらの車に車の場所が分かる装置をつけてくれました」
「そうだ」とテツが言った。「しゃかりき丸から相談を受けて、じいさんに聞いたら、コンピュータに詳しいものを探せと言うので、急いで動いた。
仲間の名前も過去のことも聞かないことになっているけど、こんなことができるものはいないか聞くと一人手を上げてくれた」
「助かりました。診療所に行くのもそろそろ終わりというときに、しゃかりき丸がぼくを見つけてくれたのですから」
今までぼくとテツ、リュウの話を聞いていたしゃかりき丸が言った。
「おじいさんは、何もするなと言っていましたが、のほほん丸はぼくを助けてくれたので、何とかしたいと思っていたんだ。
そして、一人でどこかに行きたがっていたので、何かあるなと思ってずっと後をつけていた。女の人を探しにいっていたと思うけど、もしやつらに捕まったらと思うと気が気じゃなかった。それで、テツに相談した。
あの日、やつらが駅に来たが、のほほん丸は自分からやつらの前に行った。それで、急いで、駐車場に行き、ぼくが捕まったときの車を探した。ようやく見つけて、装置を車の下につけた。すぐにあいつらがのほほん丸を引っ張ってきたというわけだ」
「おまえもなかなかやるじゃないか」
「それと、のほほん丸にも言っていないことがあるんだ」しゃかりき丸はそう言うと、少し言葉を止めた。
「何だ。言ってみろ」リュウが言った。
「のほほん丸が乗せられた車がいるビルは分かったが、のほほん丸がいるかどうか分からないので、できるかぎり張り込んでいた。その車は出かけることがあったが、男一人だけで出かけて、数時間して一人で帰ってきた。
もう無理かと思いながら、朝早く見張っていたとき、自転車で新聞配達をしているおじさんに、『何をしているんだ』と声をかけられた。
ぼくは、『母はシングルマザーなんですが、付きあっていた男に金を騙しとられたんです。金を返してもらおうとずっと探していました。ようやくそいつの車がここに止まっているを見つけたんですが、何という会社にいるか見つけようと思って。でも、なかなか分からなくて』と答えた。
『それは困ったな。このビルには集金で行くから調べておいてやろう』と言ってくれたんです。
次の朝、おじさんが調べておいてくれて、『親しい人に聞いたらどうやら3階の貿易会社のものらしい。それで、そこに行ったら、出前の皿はあったが、人の出入りはなかった』と言ってくれた。
それを聞いてピンと来たが、その人を騙したようで、のほほん丸には言えなかった」
「それで、のほほん丸を助けることができたんだろう。おじさんも怒っていないよ」とリュウが慰めた。
「二人ですぐしなければならないことがあるんだろう」テツが急がした。

のほほん丸の冒険
第1章40
「そうなんです」しゃかりき丸がすぐに応じた。「おれとのほほん丸が乗せられた車は3軒のビルに行っていることが分かりました。
1軒はのほほん丸が監禁されていたビルでどうも女の人はいないようです。
それで、後2件を今日見にいくことにしているんです。なあ、のほほん丸」しゃかりき丸は力を込めていった。
「そうか。おれたちがすることはないのか」リュウがぼくが返事しない前に言った。
「ビルの様子を見るだけですから。でも、ほんとは中に入って会社を確認したいのですが」しゃかりき丸が止まらない。
「のほほん丸が監禁されていたは貿易会社と言っていたな。後の2件のビルに同じ会社があれば一歩前進だな」
「そうなんです」
「そのビルはトシから聞いているのだな」テツは車の追跡装置を渡した仲間の名前を出した。
「聞いています。のほほん丸が監禁されていたのは立川市。そして、八王子市と世田谷区です」
「おまえが監禁されていたのはどこだっけ」
「三鷹市です」
「そこは調べないのか」
「状況によっては調べますが、車はそこには行っていないようなので後回しです」
「そうしたら、おれがビルの中を調べようか」リュウが提案したが、テツが、「そんなことをしたら、不審者がいると警察に連絡されるぞ。サラーマン風のものを探しておく。一人か」と言った。
「二人いれば」ぼくが答えた。「車をどこかの駐車場に停めると思いますので、それを確認する役と、向かった部屋を探す役の人の二人がいればうまくいくと思います」
「なるほど。今日中に探す。それとトシも呼ぼうか」
「それはありがたいです。そうしてもらったらすぐに動けますから」
ぼくは自分のわがままで多くの迷惑をかけているという思いもあったけど、テツやリュウが動いてくれるので、とりあえず任そうと決めた。
昼前に、テツがトシと二人の男を連れてきた。電話で話しただけだが、ぼくらの師匠ともいうべきトシはすぐにわかった。痩せているが、科学者のような顔をしている。大きなカバンを下げていた。
他の二人は地味な背広を着ている。サラリーマンとしか見えない。さすがテツだ。ぼくらの意図を理解して、すぐに適役の人物を見つけてくれたようだ。
「こっちへ来るまでに大体のことを話しておいたから、すぐに動ける。こっちがミチ。こっちがハルだ」テツが紹介した。
ぼくが礼を言って、2軒のビルの場所を説明した。大きいほうのハルが立川のビルについて、「そのビルは行ったことがある。昔サラリーマンをしていた時だから、その貿易会社があったかどうかは定かではないがね」と言った。
その後、トシがコンピュータの基礎から応用について解説してくれた。すると、「おっ。動き出した」と叫んだ。ぼくらはパソコンの画面を見た。「立川通りに入ったな。八王子に行くようだ。どうする」
ぼくは「行きます」と立ち上がった。早く4人のチームワークを作り上げて女の人を見つけたいからだ。
ミチとハルはサラリーマンを20年以上していたそうだ。どうして安定していた生活を捨てておじいさんの仲間に入ったのか知らない。
おじいさんは、自分のことは自分にしか分からないので、自分のことを言う必要も、他人が聞く必要もないと言っている。それで、仲間同士は苗字も言うこともなく、おじいさんがつけてくれた名前で呼びあうだけである。それで、テツが配役を募集したら、希望する者は手を上げるのだ。そして、出番がきたのだ。4人は新宿駅に急いだ。

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