のほほん丸の冒険 第1章21~25

   

のほほん丸の冒険

第1章21
ビルだから下に音が響かないだろうが、何かにけつまずかないように用心して進んだ。町はすっかり寝静まっていた。道の向こうのカフェもほとんど明かりが消えていた。もちろん人も歩いていないから、見つかることもあるまい。
ここにもフェンスがあった。フェンスを動かして強度を調べた。かなり頑丈だ。
フェンスから体を出して、屋上から窓までの距離を見た。1メートルぐらいだ。懐中電灯で桟の幅も確認した。5,6センチはある。それなら長時間の作業には支障がない。
早速頭で考えていたように準備を始めた。リュックから10メートルのロープを取り出し、50センチぐらいのところに輪っかをつけた。これは上がるときに足を置くためのものだ。
フェンスの根元にロープを括りつけた。これには自信があった。元船乗りをしていたという施設の用務員のようなおじいさんがぼくに教えてくれたのだ。おじいさんはぼくをかわいがってくれた。
ぼくはロープを垂らした。壁に足をかけてゆっくり下りた。そして、すぐに桟に足を置くことができた。ロープも大丈夫のようだ。窓には柵があった。
これは誤算だった。これを外さなければ助けることができない。
その前にカーテンの隙間から中をのぞいた。真っ暗だが、よく見ると小さな明かりがついているのが分かった。あそこに誰か寝ているのだ。
ロープを腰に巻いて両手が自由になるようにしてから中の様子を見た。しばらくすると、何かが動いたような気がした。しかし、それ以上動きはない。
ぼくは大きく息をして、次の行動にかかった。思い切って窓ガラスを叩いたのである。しかし、最初は小さく叩いた。それから反応を待ったが部屋の動きはない。
もう一度深呼吸をして少し大きく叩いた。しばらくするとまた影が動いた。
影はまちがいなくこちらに来るだろう。その影を判断してさらに次の行動の準備をした。
影は窓ガラスをはさんですぐそばにいる。少年だ。ぼくは懐中電灯を点滅した。少年はカーテンを開けた。顔を窓ガラスにくっつくぐらいまで近づいた。
すぐに、「きみを助けに来た」と大きな字で書いた紙を広げた。もちろん懐中電灯を照らして。
少年は最初それを読んでからぼくを見た。そして、大きくうなずいた。
よし。おれもうなずいた。それから、窓ガラスを開けようとしたが開かない。鍵がかかっているようだ。これも大きな誤算だ。
しかし、情けない顔をしてはいけない。少年は。これで助かるという希望をもってぼくを見ているはずだと自分に言った。
金属のこぎりを用意しなかったのは失敗だったが、方法はあるはずだ。ライトを当てると、柵の根元はネジで留めてあるだけだ。ネジは上下三か所にそれぞれ3本ずつついている。柵を何回も揺すってみたが、まったく動かない。
しかし、右側の上下二か所のネジ6本を外せば何とかなるかもしれない。さらに言えば、上下一つのネジを外して柵を揺すれば他のネジも自然に外れるかもしれない。つまり、二つのネジを外すだけだ。勇気が湧いてきた。
ドライバーは何種類も持ってきているので、その中からドライバーを選んだ。
ネジ山をつぶさないようにドライバーをぐっと押さえつけて回した。しかし、いくら力を入れても回らない。桟から足が外れそうになる。
ぼくが難渋しているのを見ると、少年は、窓ガラスの鍵を何とかしようと考えたようだ。奥に行ったかと思うと、何かで鍵を触っている。
ぼくは、ドライバーを回しては柵を揺すった。それを何十回、何百回と繰り返した。
すると、ネジが動いた。それから、また何回も揺すった。1時間ほどすると、右側の柵が外れた。
そして、少年を見るとぼくを見て笑っているように思った。よく見ると、何と窓ガラスそのものを外していたのである。
ぼくらは手を伸ばして、お互いに健闘を称えあった。少年とぼくは力を合わせて柵を広げた。それから、少年は柵から体を出した。ここからも注意がいる。油断するとそのまま下に落下だ。
少年にロープを渡して、そのまま屋上に押し上げた。今度はぼくの番だ。少年がロープを引っ張ってくれたので、すぐに屋上に戻rことができた。
「さあ、もう一息だ」ぼくは声をかけ、先に進んだ。また、窓に少年を押し上げた。
今度はぼくがロープを腰に巻き、中にいる少年が引っ張ってくれた。階段を1階まで降り、階段の横にある小さな出入り口から中に入り、マンホールから外に出た。

のほほん丸の冒険
第1章22
マンホールの前にある林から外をうかがったが、静まりかえったままだ。ときおり道路を走る車の音がするぐらいだ。
そこを出て、ビルとの間の細い隙間をのぞいた。暗くてよく分からないが、そこも何か動いている気配はない。
「ここから道に出るよ」と少年にささやいて進んだ。ビルの玄関も変わったことがない。
駅は右の方角なので、玄関を越して走っていった。10分ほど行ってから道路の反対側に渡った。もし追いかけられても、反対側には来ないだろうと思ったからだ。
それに喉がからからなので、少し止まって何か飲みたかった。うまい具合に路地に自動販売機があった。自動販売機の向こう側にいれば見つかることがない。
ぼくは水を何本も買って下に置いた。そこにすわって二人で思いっきり飲んだ。
ようやく落ち着くと、少年は初めて声を出した。「ありがとう。助かったよ。明日どこかに連れていかれることになっていたんだ。よくここが分かったな」
それで、新宿駅でぼくを追いかけた3人がいるのを見つけた。しばらく構内でうろついていた。多分ぼくを探していたが、見つからないので、構内が見えるレストランに入った。ぼくも入って、近くのテーブルに席を取った。
3人で何か話していたが。しばらくすると、一人の若い男が合流した。1時間ぐらいいたが、電話がかかってきた。電話を切ると4人は急いで店を出た。ぼくも出た。
すると、最初の3人は、若い男に声をかけるとまた急いでどこかに行った。
ぼくは追いかけようとしたが、一人残った若い男が構内にいたので、そいつを見張ることにした。そいつも、駅の中をうろついていたところからすると、ぼくを探していたかもしれない。
そこまで説明すると、「きみはあいつらの近くまで行ったんだろう?それなら、どうして・・・。ああ、そうか!そのための変装か」と大きな声で言った。
「しっ。静かに。よくわかったね。きみにぼくの代わりをしてもらったので、ぼくも何とかしなくてはと思って考えた」
「なるほど。うまいこと考えた!」
「しばらくうろついていたが、誰かに電話した後で、ぼくを探すことを諦めて、どこかに行こうとした。それで、追いかけていくと、電車に乗った。ぼくもその電車に乗って、あのビルに行きついたんだ」
顔を少年は、うーんと唸った。「よく見つけてくれた。3人組を追いかけたらぼくは助からなかったかもしれない。ほんとにありがとう」
「いやいや。きみこそ最初3人組がいなかったので、テツか誰かに、もういいよと言われたのに、また挑戦したんだろう?もう一度ぼくのためにやってくれたんだ」
「きみのためというより、なんだかおもしろくなってきたんだ」
「わかる。わかる」ぼくらは、自動販売機の光で顔を見合って笑った。
「ところで、ここはどこなんだ」
「ここは三鷹市。駅の近く」
「ここまで車でつれてこられたんだ。目隠しされて」
「どうして、あいつらに捕まったんだ?」
「不覚の至すところだ。3人組を見つけたので、もっと情報を集めよとして、どんどん近づいた。最後には靴のヒモを直す演技をしたが、『おまえ。何をしているんだ』と体を押さえつけられた。大勢の人がいたんで、誰もいないところに連れていかれた。でも、成果はあったぜ」
「すごいことをするなあ。どんなことがわかったの」
「まずきみのだけでなく、その女も探している。それから、きみと女の人は仲間であるかもしれないと疑っている」
「ほんとか」
「そうだ。女の人からバックを受けてきみが逃げる。ラグビーのようにね。まさか知らない子供にバッグを渡すとは思われないと言っていた」
「あいつらも分からないことがあるんだ」
「それに、女の人はどこかの組織から送り込まれたスパイにちがいないと言っていた」
「それはどうしてわかるの」
「向こうから近づいてきたんだ。きみは子供だからこれ以上は言わないけど」
「それじゃ。ぼくも組織のスパイと思っているかもしれないな。でも、どうして、ぼくを探しに新宿駅に来るのかな。スパイならここには来ないだろう」
「きみのことをまだ断定していないからだろう。それに、ボスが近々来るようなことを言っていた」
「すごいことになってきたな」
「そうだ。おれも最初聞いたとき、引ったくりぐらいなのに、どうしてまじめに返そうとするんだと思った」
「これからどうする?」
「もちろんどんな組織か調べたいよ。それにバッグに何が入っているかもね」
「きみがいてくれたら心強い」
「今からどうする?」
「一度テントに帰ろうよ。みんな心配している」
「まだ電車は動いていないぜ」
「いや。タクシーで帰る。それに電車ならやつらが追いかけてくるかもしれないから」
少年は黙っていた。ぼくは、「お金は持っているから」と言った。

のほほん丸の冒険

第1章23
少年は黙ってぼくを見たようだが、ぼくも何も言わずそのまま立ち上がって、路地から通りを見た。人は誰も歩いていないし、車も少ない。ただ駅に行く道なので、タクシーが通ることはあるだろうと思った。
しばらく待っていると、信号待ちをしている車はタクシーのように見えた。ぼくは、少年に「タクシーが来たようだよ」と声をかけた。
手を挙げたのが分かったようで、二人の前にタクシーが止まった。そして、ドアを開けたが、運転手はぼくらが子供だと分かって驚いていた。
ぼくらは構わずにタクシーに乗ったので、「どうしたんだ」と言った。
「お願いします」と言うと、「ほんとに乗るのか。どうしてこんなに遅くまで遊んでいたんだ」と聞いてきた。
あいつらが追いかけてくると厄介なので、事情を説明した。「そうじゃないんです。夕方『おばあちゃんが危篤だ』という連絡が病院からあったので、ママとお兄ちゃんとぼくが、いいえ、わたしの3人で病院にかけつけました。パパはアメリカに出張しているので来られません。
しかし、容体が少し待ちなおして、今すぐということではなくなったのです。
それで、ママが、『わたし一人いるので、おまえたちはいったん家に帰りなさい。もし何かあれば連絡するから』と言いました。『何もなければ、自分で用意して学校にいくのよ』とも言いました。
病院で待っているタクシーに乗ろうとしたんですが、お兄ちゃんが、『腹減ったよ。このあたりで何か食べようよ』と言いだしたので、店を探すために病院の外に出たんです。
しかし、夜中ですから、なかなかなくて、ようやくラーメン屋を見つけて食べたのですが、今度は道に迷ってしまって・・・」と一気にしゃべった。
少年はじっとぼくを見ていたが、ぼくは運転手を見ていた。
「そうだったのか。それは気の毒だったな。それじゃ、三鷹駅まで行けばいいのかな」
うまくいった。ぼくは、「いいえ。新宿駅までお願いします」と答えた。
「ほんとか」
「ママからお金を預かっていますから大丈夫です」
「わかった。それじゃ行くよ」
新宿駅に着いたときは午前3時を回っていた。運転手は、「家まで行かなくてもいいの」と聞いたが、そこで降りた。なんとなく時間がほしかったのだ。
歩いてテントに向った。少年が、「どこかで時間をつぶさなくてもいいかな」と聞いてきたが、「早く帰ったほうが喜ぶような気がする」と自分の考えを言った。ほんとは、体がくたくたで早く寝たかったこともあるが。
少年はテントで泊まったことはないと言うので、まずぼくが入ることにした。
おじいさん以外に、誰かいるのだろうから、ぼくなら分かってくれるだろうと思った。
そっと開けると、すぐに「誰だ」と言う声が聞こえた。「ぼくです」と答えると、明かりがついた。「きみか」テツとリュウが暗闇から出てきた。
リュウは、「子供が帰ってきましたぜ」と後ろを振り返って言った。
そして、テツは、ぼくの後ろにいる少年を見つけると、「トモじゃないか。みんな探していたぞ。特にカズは朝から晩まで探していた。とにかく二人ともよく帰ってきてくれた。じいさんも心配していたんだ」とぼくらをじいさんの近くまで連れていった。
おじいさんは体を起こして、「よう帰ってきてくれた。おまえがトモを助けたのか」と改めて聞いた。
「そうです」と答えてから、1時間ぐらい今までのことを話した。
話が終わると、「すごいぞ。まるでアメリカのスパイ映画みたいじゃないか!」とリュウが叫んだ。

のほほん丸の冒険
第1章24
リュウは、「カズを呼んできます」と言って出かけた。
「きみらはすごいことをしたな。とても信じられないよ」テツは唸るように言った。
それから、「ずっと引ったくりの仲間割れぐらいにしか思えなかったけど、何か組織があるんでしょうか。じいさん、どう思いますか」と聞いた。
おじいさんは、「預かっているバッグに秘密があるようだな」と答えたが、バッグをどうせよとは言わなかった。
「今回はうまくいったが、次何かしてもうまくいくかは分からんぞ。それを頭に入れておくことじゃな」
「きみら、これからどうするのか。あいつらは怒っているだろうから、これからも駅に来る可能性がある。もし捕まったら、今度は殺されるかもしれないぜ」とぼくらを脅した。
「とにかく、おまえらはここでゆっくり休め」おじいさんは助け船を出してくれた。
そのとき、リュウとカズが飛び込んできた。カズは少年を抱きしめて、「トモ。探していたぞ」と叫んだ。
「うん。この子が助けてくれたんだ」と少年はぼくを見た。
「リュウから大体聞いた。ありがとうな。きみがいなかったら、トモとはもう会えなかったかもしれない」カズは泣き声になった。
「サムも喜ぶだろう」テツが言った。
「ありがとうございました」カズは、ぼくに丁寧な言葉で礼を言い、深々と頭を下げた。
ぼくは、「いいえ。とんでもありません。ぼくの代わりをしてくれたので、こんなことになり申しわけありませんでした」と答えた。
「じいさん。トモを連れて帰ります」カズは立ち上がった。じいさんは、「ゆっくり休ませてやれ」と言うと二人は出て言った。少年は出ていくとき、ぼくのほうを見たようだった。
この間に、テツがぼくのためにテントの奥に寝る場所を作ってくれた。そこなら、人の出入りがあってもゆっくり寝られるようになっていた。
ぼくは、テツに礼を言ってから、そこで横になった。すぐに寝てしまった。
どのくらい寝ていたのか分からない。しかし、時間がたつほど、疲れが出てくるようだった。
ときどきいろいろな夢を見た。しばらく覚えていたが、あまり多すぎるので、ほとんど忘れてしまった。
しかし、あいつらに捕まり、どこかに連れて行かれた夢は覚えている。
どこかのビルの一室のようだ。そこに、女の人がいた。あの人はと思っていると、その人が立ちあがってぼくのそばに来た。「坊や。ごめんね。私がバッグを預かってもらったばっかりにこんなことになって」と謝った。
ぼくが黙っていると、「あのバッグをあいつに渡してやって。そうしたら、あなたはここを出られるから」と言った。
「でも、ここにはありません」
「警察に届けたの」
「いいえ。ある人がもってくれています」
「それなら、すぐに渡せるわね」
「そうです。でも、大事なものが入っているのでしょう」
「そうなの。悪用されたら人類が滅亡するかもしれないわ」
「ほんとですか。それは何ですか」
その時ドアが開いた。あの3人組だ。ぼくはぐったりしているふりをして、3人が近づいたとき、3人の間をすり抜けて逃げた。やつらは、「待て」と叫んで追いかけてきた。
一か八か階段を上がった。幸い屋上に行くドアは開いていた。足音が追ってくる。金網がビルの屋上を取り囲んでいた。ぼくはそれに登り外に出た。下を見た。すると、さっきの女の人らしき人がビルから走って出てきた。逃げたのだ。
後はぼくだけだ。3人は金網を揺すりはじめた。ぼくはそこから飛び降りた。
「おい。どうした!」誰かがぼくの顔をさわっている。ぼくは死んだのか。
「じいさん。大変な熱です!」誰かの声だ。テツだ。テツが助けに来てくれたのか。それなら、ぼくは生きているのか。

のほほん丸の冒険
第1章25
ぼくは、「テツ!」と呼んだ。「大丈夫だ。おれたちがいるから安心しろ」という声が聞こえた。
ぼくは夢を見ているのかと思ったが、声はすぐそばで聞こえた。ほんとに飛び降りたのだ。そうしたらここは病院なのか。
「すぐにあいつを呼んできてくれないか」という声も聞こえた。おじいさんの声だ。
おじいさんも来てくれているのか。「分かりました」とテツが答えた。しばらくすると、冷たい布が額に置かれた。そして、「少し待っていてくれよ。医者を呼んでくるから」テツが言った。
誰かがぼくを見ている。やさしそうな女の人だ。ママだ。「ママ。来てくれたのか。ビルから飛び降りた。大けがをしているかもしれない」そう叫んでも、ママはうなずくだけで何も言わない。
2才ぐらいのとき、入院していたママとどこかの駅のプラットホームで会ったときもママは抱きしめてくれたが、何も言わなかったように思う。
いや、何か言ったのだろうが、ずっとママの顔を見ていたので、記憶にないのか。
ママの声を聞きたくて、「昔白いサンダルを飼ってくれてありがとう。もう10才だから履けなくなったけど」と声を出した。しかし、笑顔でうなずくだけなのだ。そして、ママの姿は消えた。
「かなり疲れておるが、注射をしておいたので、とにかく十分寝たら心配ないだろう。起きたらうまいもんを食わせたらすぐ元気になる」という声が聞こえてきた。
目を開けると、青い光が輝いていた。ここはと考えていると、「目が覚めたか。2日以上寝たからもう大丈夫だ。うまいもんがあるから食べろ」とテツの顔がぼくの顔の上にあった。思わず、「ありがとうございます」と答えたが、ここは病院ではないことがあたりを見て分かった。
すぐにリュウがぼくの前に料理を乗せたプレートを運んできた。その時は、まだお腹のことは分からなかったが、おじいさんの知り合いの医者の忠告を守って料理を用意してくれていたのだろう。
それで、無我夢中で料理をお腹に詰めこんだ。それから、おじいさんに礼を言ってから、近所の公園のトイレで顔を洗った。
ベンチにすわって今までのことを整理していると、「やあ」という声が聞こえた。
「あれから朝晩顔を見に来ていたが、ずっと寝ていた。疲れているだけだと聞いたので心配はしなかったよ」と笑顔で言った。
「ありがとう。夢が次から次へと出てきて、起きられなかったんだ」と答えた。
「へえ。どんな夢を見たんだ」
「ぼくはあいつらに捕まってどこかのビルに連れ込まれた。すると、ぼくにバッグを預けた女の人がいた。ぼくと同じく捕まっていたんだ」
「ほんとか」
「女の人はぼくのことを覚えていて、厄介なことになって申しわけないと謝ってくれた。それから、あのバッグをはどうしたのと聞いてきたので、ある人に預かってもらっていますと答えると、『それは助かったわ。警察に届けると、あいつらが自分が落としたと言って取り返すかもしれないと心配していたの』と嬉しそうに言った。
ぼくは、思い切ってあの中には何が入っているのですかと聞いたんだ。
でも、具体的なことは言わず、『あれを悪用すると人類は全滅するかもしれないの』と答えるだけだった」
「それはほんとか!」と少年は叫んだが、「夢に出てきた女の人が言っただけだよ」とぼくは少年に念を押した。
それから、何日も、二人は朝から晩までそのベンチにすわって、お互いの生い立ちや将来のことを話しつづけた。
ある日少年は突然きみは今何か企んでいるなと聞いた。
「いや別に企んでいないよ」と慌てて答えたが、「いや。企んでいる。その目で分かる」と断定した。
すると、ぼくは、ちらっとでも考えると、どこを見ているか分からないような目になるということか。
少年は追い打ちをかけるように、「おれもやるよ。遠慮なく言ってくれ」と言った。
その時、「おーい」という声が聞こえた。リュウが走ってきて、「じいさんが二人に話があると言っているぞ」と言った。

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