オニロの長い夢 1-65
オニロの長い夢
1-65
ピストスはその晩も意識が戻りませんでした。オニロはずっとピストスのそばにいましたが、ときおりピストスの息が荒くなりました。腹が大きく波を打っています。
これはいいことなのか、悪いことなのか分からず、オニロはピストスの腹をさするだけでした。
翌日の朝、眩しいほどの光が船を照らしだしました。オニロはピストスを見ました。
少し目を開けたようでしたが、眠ったままです。「光で目が反応したのだろうか」と思って腹をさすりました。そして、「ピストス。おまえは野山を走る動物なのに、ぼくを気の毒に思って海までついてきてくれたのだ。責任を果たせばすぐに帰るから、それまでがんばってくれ」と声をかけました。
その日は船を修理したり、船の中を整理したりして、いつでも船を出せる準備をしました。
夕方ピストスが足を動かしているのに気づきました。オニロはすぐにそばに行き、ピストスを見ましたが、意識は戻っていません。
「ピストス。もう少しだ」それが通じたのか、ピストスは体を動かすようになりました。
さらに立ち上がろうとするのでした。しかし、少し波があると倒れてしまいました。
「ピストス。無理をしなくてもいいよ」オニロはピストスの体をさすりました。
その時、何か飛んできたように思い、見上げました。すると、カモメが数羽船の上を回っているのです。
このカモメはピストスが逃げている励ましてくれたカモメだろうか。オニロは、「ありがとう。みんなのおかげでピストスは助かったようだ」と叫びました。
カモメはどこかに飛んでいきましたが、ミハイルやリビアック、そしてカモメも、ぼくらのことを心配してくれていると思いました。
一人で広大な海にいると、ちょっとしたことでも負けてしまうが、みんながいると思うと、前に向かっていける。それに、パパとママも空にいるのだから、こんなにすばらしいことはない。
きのうまで、ピストスが死んでしまえば、こんな夢かどうか分からないことなどどうでもいいと思うこともありましたが、また勇気が湧いてきました。
オニロは、明日船を出そうと決めました。夕方ミハイルが船に来てくれました。
「ピストスが立っているじゃないか」とミハイルが叫びました。オニロは、「そうなんだ。ぼくらの祈りが通じたみたいだ。きみが持ってきてくれたものを食べるようになった。これで、ぐんぐん元気になるはずだ。おかげでぼくが食べるものがなくなった」と笑顔で答えました。
「だから、たくさん持ってきたんだ」と言って、ミハイルは食べものを見せました。
「ありがとう。ピストスが元気になったので、明日船を出そうと思う」オニロは自分の決意を述べました。
「もう行くのか。この島の薬草は全部調べたのか」とミハイルが心配そうに聞きましたが、オニロは、「全部調べた。採取したものは船に置いてある。沈没しても、すぐに持ち出せるようにしている。これからも、別の島の薬草も集めて早く帰りたいんだ。
すべてが終わったら、必ずこの島に戻ってくる。それがきみとの約束だから」二人は固く握手をしました。
オニロは、朝早く船を出しました。ピストスもしっかり足で立って遠くを見ています。
「ピストス。さあ、行くぞ。二人で助けあえば、必ずノソスグラティを見つけられるはずだ」
遠くでカモメが鳴いている。カモメは、「オニロたちが海に戻ってきたぞ」と話しあっているんだと思うと、よしという気持ちになりました。
海はどこまでも広いけど、カモメが空を飛び回っているかぎり、何も怖いものはない。オニロは島が見えるまでどんどん行くことにしました。
遠くで水を吹きだしているクジラが見えます。クジラだって仲間なんだ。船がつぶれた時も、海に浮いている板などを持ってきてくれたことがある。ただ、クジラは海に潜ることが多いから、そうふれあうことはないけど、気持ちは通じあっているんだ。
天気もいいから遠くもよく見える。島はすぐ見つかるだろう。オニロは歌を歌ったり、ピストスと遊んだりしながら、船を進めました。
数日後、遠くで黒い雲が見えました。オニロは、「にわか雨が来るのかな。水が少なくなってきたから、ちょうどいいや」と思って、船を進めていましたが、ピストスが唸り声を出すので、前を見ました。
先ほどの黒い雲がこちらに向かってきています。「雲というものは他の雲と一緒になってどんどん大きくなるものじゃないのか。どうしたんだろう」
黒いものは小さいままこちらに来ます。ピストスはさらに唸りはじめました。