シーラじいさん見聞録
アムンセン教授はすぐにマイクとジョンを呼んで、オリオンから聞いたことを話した。
教授はひじょうに興奮して話した。「イルカの話は衝撃的だった。人間の子供が悲惨なことを経験したようなもので、胸が詰まってしまってね」そして、オリオンから聞いた内容を、胸を詰まらせながら話した。
「やはりそういうことがあったのですね」マイクとジョンは、オリオンからかなり話を聞いていたが、初めてのように相槌を打ちながら話を聞いた。
「しかし、オリオンはすごいな。ぼくらがわからないことを数日で聞きだしてくれた。もっとも、ぼくらは直接話を聞くことはできないが」
「オリオンは、ニンゲンであろうと他の動物であろうと、相手の気持ちを汲みとることができます。だから、みんな心を開くのです」
「そう思う。同じ仲間であるからできそうだろうが、心の深層まで掘りおこすのは、そう簡単じゃない。ぼくら人間でも同じことだ」
ジョンは、「かれらが、オリオンの助けで精神的に立ちなおったら、海に戻すのですか」と聞いた。
「そうするつもりだ。これもオリオンから聞いて判断する。そして、ぼくもオリオンに頼んだことがあるんだ」教授は得意そうに言った。2人は教授を見た。
「今のように、かれらといっしょに入るときと、一人でいるときとを1ヶ月交代でできないかとね。動物にこんなことを頼むのは始めてだったが」
「オリオンは喜んだでしょう」
「喜んだ。ぼくに頼みたいことがあるからと言っていたな」
「それはすばらしいアイデアです。オリオンは教授が自分を理解してくれるとわかったと思いますよ」マイクが言った。
「そうか。それならうれしいが」と照れたように言った。「ぼくは、オリオンをもっともっと知りたいんだ。それがベンの希望でもあるからね」
3人の助手には、「お互い仲が悪いというわけではないが、別々のほうがかれらにはいいようだ。それに、きみらは研究を急がなければならないので、負担をなるべく少ないほうがいいから」と説明した。
3人の助手は、オリオンはどうも普通のイルカではないようだと気がついていたが、教授は、「オリオンは自分が世話をする」と言ったので、残念に思った。
残念に思ったのは、3人の助手だけでなく、以前からいる3頭のイルカもそうだった。
「何とかずっといてくれないか」と頼んだ。オリオンは、「ぼくもそうしたいが、教授に頼みたいことがあるんだ。
「えっ、きみはそんなことができるのか!」1頭のイルカが叫んだ。
「なんとかできる」
「それで、あのニンゲンと何やらしゃべっていたのか」もう1頭が言った。
「でも、何を頼むのだ。きみなら、どこでも大事にされるだろう」3頭目のイルカが聞いた。
「それはまた言うけど、今はきみらが元気になることが先決だ。そうしたら広い海に戻れる。教授も、いや、あのニンゲンもそう願っているんだよ」
「なんとなくそういうように思ったけど、どうしたらいいのかわからないよ」
「自分が楽しかったときのことを思いだすんだ。辛いこともあったけど、ぼくらは海でしか生きられないことがわかるはずだ。
あわてることはないけど、そう思うようになったら、ぼくに言ってくれるかい。あのニンゲンに頼むから」
「わかった。きみが来てくれてほんとによかった。何だか夢が持てそうそうだと話しているんだ」
「よかったじゃないか。それじゃ、子供のとき、どんなことをして遊んだかみんなではなそう」
北極にいるクジラたちはリゲルたちを頻繁に訪れるようになっていた。多くの仲間が防衛のために動くようになったこともあるが、シーラじいさんから話を聞きたかったのである。オリオンやリゲルがそうであったように、地球のこと、世界のこと、そして自分たちのことを聞くのが楽しみであった。さらに、カモメが集めてきた新聞などから、今の世界を知ることができた。
「リゲル、ニンゲンはこの危機をどう乗りきると思う?」と聞くようになった。
また、オリオンがどうしているかを知りたがった。「オリオンはすごいな。小さな体なのに、クラーケンのようなものにも向かっていったというじゃないか。知恵と勇気があるのだ。ぼくらも学ばなければならない」だから、リゲルたちといっしょに、オリオンの役に立ちたいというのだ。
2か月後のある日、教授が、いつものように午前6時に研究所に着いた。そして、オリオンに挨拶をしようと、一人用のプールに入ったとき、そこにはオリオンはいなかった。
「昨夜はここにいたはずだ」教授は不審の念を感じながら、以前からいるイルカとの共用プールのほうに向かった。
そこを出て、100メートルほど離れた部屋にあるプールに急いだ。急いで部屋に入ったが、どこにもオリオンはいない。3頭のイルカはゆっくり泳いでいた。
「きみたち、オリオンを知らないかね!」教授は叫んだ。
イルカは、その声に何かあったのかというように反応して近づいたが、もちろんしゃべることはなかった。
教授はプールの隅々まで調べた。もし底に沈んでいたらとも思った。また、一人用のプールに戻り、そこでも念入りに調べた。
どちらのプールにもいないことを確認すると、あわててマイク、ジョン、そして、3人の助手に連絡した。一人の助手以外は30分後に研究所に着いた。
教授は、「オリオンがいなくなった!きみらは何か知らないか」と叫んだ。