シーラじいさん見聞録
そのニュースに世界が冷静だったのは、ミラが行方不明になったときのような大きな衝突は核兵器が使用されてからはなかったし、もしあのような衝突があっても、核兵器を使えば、今度こそ終末を迎えることになるという認識がどちらの同盟国にもあるだろうと漠然と考えていたからだろう。
だから、互いに声高に相手を非難しているほうが安心だというような雰囲気さえあった。しかし、そのこぜりあいはなかなか静まらなかった。逆に、それが拡大してきたような様相を見せてきた。北太平洋にそれぞれの同盟国の戦艦や爆撃機が集まりだして、突発的な攻撃が頻発して、いつ本格的な戦争がはじまってもおかしくなくなってきた。
どちらの同盟国も相手を激しく非難した。アメリア側は、「チャイアは、アメリアをEMP攻撃しただけでなく、世界を掌握するために、アメリア本土の進行しようとしている」と抗議したが、チャイア側は、「何度も言っているように、我々はどのような核攻撃模もしたことはない。そう断定するのなら、その根拠を出すべきである。今回も、通常の監視活動をしていただけである。
自らの実験失敗を隠すために、我々に責任をなすりつけようとするかぎり、我々は断固と戦う」という主張をくりかえすのだった。
世界の大勢は、以前のように声高に相手を非難している間は、何も決定的なことは起こらないだろうと思っていたが、もし何か起きればという不安をもつようになった。
もちろん、どちらの同盟国の国民も、「戦争をしているときではない。世界中が一つになって世界を建てなおそう」と声を上げるニュースが流れていたが、いわば沈黙がその声をかきけしているというようなときもあった。つまり、世界を覆う不安と絶望がそれほど広く深いものだった。
「なんてこった!オリオンがいよいよ動こうとするときに」テレビを見ながら、ジムが吼えるように叫んだ。
アントニスとミセス・ジャイロ、イリアスは何も言わなかった。ジムが言うように、オリオンにとってタイミングが悪すぎた。こんなことになっていなければ、今頃、オリオンは、ノルウェーのトロムソに移っていたはずだ。もちろん、自分たちもシーラじいさんたちもだ。
そして、トロムソ大学の海洋研究所の 教授は、海洋生物の特殊能力を研究している専門家なので、オリオンのことを理解すれば、まちがいなく海底にいるニンゲンを助けるために動いてくれるはずだというのだ。
ベンは、友人からそのことを聞いて、オリオンのことは極秘だが、もうそんなことは言っておれないと決めたのだ、ベンは、規律違反を覚悟でオリオンを助けるつもりだとマイクとジョンに言ったそうだ。
「ベンは戦争に駆りだされているはずだから、当分オリオンのことはできないだろう」アントニスも認めざるをえなかった。
「べンは時間がかかっても何とかしてくれるよ」イリアスが言った。
「そうよ。いくら敵が憎くても、自分の子供や孫が死んでしまうようなことをする軍人はいないわよ。
最初の核攻撃からかなり時間が立っているから、みんな冷静になっているはずだから、次の攻撃は絶対ないわ」ミセス・ジャイロはみんなの不安を取りのぞくように言った。
「ぼくもそう思う。ジムだって怒っていてもすぐ忘れるもの」
「おれのことを出すなよ。おれは本来やさしい男だから、どんなことでも許してしてしまんだ」ジムは照れたように言った。
「ジムのことはおいておくとして、相手を許さないともう一歩も進めないことに気づくはずだわ」
深夜マイクの電話が鳴った。マイクは慌てて起きた。ベンからだった。「起こしてごめん」ベンは早口に言った。
「それはいいけど、何かあったのか」
「オリオンを明日トロムソに連れていく」
「本当か!」
「今日、正確には、昨日、ぼくが大西洋の監視船に船長として乗船することが決まった。そのとき、トロムソの近くを通るから、連絡業務ということで寄港する」
「許可は下りたのか?」
「許可は下りていない。今はそれどころじゃないからね」
「確かに。でも、大丈夫か?」
「直属の上官にはそれとなく伝えている。当分は同じ状況が続くだろうから、今日を逃すといつになるかわからない。3か月は帰らないから」
「研究所には?」
「友だちが連絡してくれることになっている」
「きみのことが心配だ」
「何かあっても、そのときはそのときだ」
「きみに任せた」
「それで、明日の朝オリオンに尋ねてもらいたいことがあるんだ」
「このことか」
「それと、途中オリオンを海に放すこともできるということだ」
「えっ!」マイクは息を呑んだ。それでも構わないのか。
「そうなれば、シーラじいさんたちと再会して、インド洋に戻ることができるが、オリオンは、海底にいるニンゲンを助けるという希望を持っているだろう?」
「そうだ。そのために苦しんでいる」
「もしこのまま海に戻れば、誰も動いてくれないということだ」
「きみの言わんとすることはわかった。明日の朝早くオリオンに聞いてみる」マイクは電話を切って、今度はジョンに電話した。