シーラじいさん見聞録
「よし、確認しよう」2羽のカモメは旋回しながらゆっくり下りていった。海洋研究所での出来事で、カモメは用心するようになっていた。
「まちがいなさそうだ」
「よし」
2羽のカモメは、近くのビルの屋上から、不審なニンゲンがいないか確認してから、ミセス・ジャイロの近くの塀の上に止まった。
ミセス・ジャイロは、携帯電話をかけているようにして、「ご苦労様」と言った。
カモメは、小さく鳴いた。ミセス・ジャイロは、さりげなくカモメを見上げた。
カモメが何か加えているのがわかると、「赤い車の中に入れて」と言った。
1羽のカモメがすっと下りた。開いている窓から投げいれた。
ミセス・ジャイロは、何気なく車に乗りこみ、すぐにそれを広げた。
アントニスからの手紙だ。
「アレクシオスから聞いていると思いますが、シーラじいさんは、地中海を出ます。
しかし、ジブラルタル海峡には方向感覚を狂わす電波が流されているので、少し時間がかかるかもしれません。
ぼくも、イリアスと共に、アレクシオスの計らいで、イ・カシメリニ新聞のフランス支局員となってフランスに行きます。
まだどこに行くかはまだわかりませんが、今待機しているところです。
携帯電話を持っています。番号は:***********です。
しかし、今後も、カモメにお世話にならなければならないので、その訓練のためにも、返事を渡してください。アントニス」
ミセス・ジャイロは、すぐ返事を書いた。「みんな動きだしたようですね。オリオンがどこにいるかわかれば、ジムと共に全力を尽くします。
郵便配達のカモメさんがいるので心強いです。それでは、後ほど。ミセス・ジャイロ」
ミセス・ジャイロは、手を外に出した。カモメは、それをすぐにくわえた。
そのとき、サイレンが激しく鳴りした。やがて、ヘリコプターの爆音も近くで聞こえてきた。
カモメは、ミセス・ジャイロを見た。
「ドーバー海峡にクラーケンが来たのよ。毎日のように起きているわ」
カモメは、小さく鳴いて飛びたった。少し上がると、ヘリコプターが4,5機、旋回しているのが見えた。下に向かったと思うと、バーン、バーンという音と、波が高く上がる音がする。
2羽のカモメはそちらに向かった。高台には大勢のニンゲンが集まっていた。まるで、何かのショーを見ているように歓声が聞こえる。
ヘリコプターは、まっすぐ撃っていた。何かを狙っているというより、来るのを防いでいるような撃ちかただ。向こうに陸が見える。あれはフランスか。来るときは感じなかったが、すぐ近くだ。
海面には、何かの死体らしきものはない。
「殺しているのか」
「シーラじいさんの話では、ニンゲンは、クラーケンを殺さないようだ」
「どうして?」
「ニンゲンにとって、いくらクラーケンでも殺すのは簡単だ。しかし、絶滅してしまえば、元に戻ることはない。そうなれば、海の生態系が狂ってしまうという理由らしい」
「生態系ってなんだい?」
「よくわからないが、強いものが弱いものを食べ、その弱いものがさらに弱いものを食べることらしい」
「おこぼれをいただくおれたちには、どうでもいいことのように思えるけどな」
「ニンゲンもおこぼれを食べているんだろう?」
「そうだな。それなら、漁に出られなくなれば困るだろう」
「まちがいない」
海面が少し盛りあがることはあったが、クラーケンの姿は全く見えなかった。しかし、ヘリコプターからの攻撃は1時間以上続いた。
「ミセス・ジャイロは、毎日こんなことがあると言っていたな」
「そうらしい」
「もっと大きなことが近々起きるような気がする」
「早くアントニスとシーラじいさんに報告しよう」
アントニスとイリアスは、ブレストというフランス西部の町に行くことになった。
アレクシオスが、航空券や携帯電話を送ってきてくれた。
アレクシオスに電話をすると、「ブレストは、ブルターニュ半島の先端にある。
古くからの軍港だが、観光名所が多くあって、世界中から多くの観光客が来ているので怪しまれることはない。しかも、今はマスコミも大勢いる」とのことだった。
地図を見ると、大西洋に面しているので、クラーケンなどの動きが手に取るようにわかる場所にある。
そして、遠くにはイギリスがあるので、クラーケンが必ず通るにちがいない。
そして、イギリスには、ジムとミセス・ジャイロがいるので、こんな好適地はない。
二人は、クレタ島からフェリーでギリシャ本土に行き、そこからバスで、アテネ航空に行った。幸い、アテネ空港からブレストがあるブルターニュ航空まで直行便が出ていた。
そこからバスで、アレクシオスが用紙してくれたアパートに着いた。そこから、10分も歩けば海に出られるようだ。
着いたとたん、イリアスが、「早く海を見にいこう」とせっついた。
二人は、荷物をそのままにして外に出た。確かにマスコミの人間らしきものが大勢いる。
ヘリコプターもかなり旋回している。