シーラじいさん見聞録
アントニスは、それを、ジムが指定したロンドン市内の郵便局の私書箱に送った。
それから、アレクシオスにも、その要約と共に、新たにシーラじいさんから聞いたことや自分の考えを書きそえた。
「シーラじいさんが言っているように、ジムは心からオリオンに感謝しているにちがいないと思うが、今も身を隠さなければならない状況にあるようだ。
ぼくらは、最悪のことを考えておいたほうがいい。ジムが、オリオンを商売に使おうなどとしようとすると、それが成功しても、不成功に終わっても(海軍は、オリオンをどこかに隠そうとするだろうから)、ぼくらがオリオンを助ける方法がなくなってしまうのだ。
もしジムから返事が来たら、その内容を吟味して、この段階で判断しよう」
アントニスは、それをカモメに渡した。
ベラが、シーラじいさんに会うために海面を泳いでいるとき、「ベラ」という声が聞こえた。
ベラは止まった。すぐにカモメが下りてきた。
「ああ、おじさん!」と笑顔で言った。そのカモメは、オリオンのために動きまわってくれた奥さんの主人だ。
お互い気が合って、二人きりになると、おしゃべりをするのだが、最近は忙しく、そうする機会がなかった。
カモメも、うれしそうに「ベラ、勉強ははかどっているかい?」と聞いてきた。
「シーラじいさんは、上達が早いと褒めてくれるけど、まだネイティブの英語を聞いたことがないから、あまり自信がないわ。アントニスやアレクシオスはゆっくり話すから、何とかわかるけど」
「そうか。でも、聞いてほしいものがあるんだ」
「何?」
「おれたちも、海洋研究所の監視や、手紙の配達の間に、オリオンを助けるための手掛かりがないかずっと探している。
だから、船が通れば、そこに行って、何かわからないか様子を見ているんだ。もちろん、海軍の船だ。
しかし、このあたりはいつクラーケンが攻撃してくるかわからないので、ニンゲンが甲板に出てくることはあまりない。
ところが、さっき陰に隠れて話をしている二人のニンゲンを見つけたので、話を盗み聞きしてきた。それを聞いてほしいんだ」
「それはすごいじゃない。聞かせてちょうだい」
「ただ、お前さんがおぼえている英語かどうかもわからないよ。しれに、聞いたとおりに言えると思うけど、若いときのようには集中力はないから、途中で思いだせなくなるかも知れないぜ」
「今は風が止まって静かだから、大丈夫よ」
「もし英語じゃなかったら、言ってくれ」
「わかったわ」
カモメは、目をつぶると、海面に足をついたり、また、羽を動かして体勢を立てなおしたりして、数秒集中した。
「やあ、ケント、元気だったかい?」英語だ!これがネイティブ英語か。波に乗っているようだ。
カモメは、少し目を開けて、ベラを見た。ベラも意識を集中しているのがわかったので、また目を閉じて、話しはじめた。
「ジョン、あいかわらずさ」
「メアリーがまた会いたいと言っていたぜ」
「ぼくもだ。でも、メアリーは、育児で忙しいだろう?」
「レイラが弟二人を見てくれるので助かっているよ」
「レイラは何才になった?」
「12才だ」
「早いなあ」
「3人とも、またきみと遊びたいとメールに書いているよ」
「きみの家庭に行くと、また、結婚をしたいと思う」
「したらいいじゃないか」
「でも、なかなか相手が見つからないからな」
「今度、長期休暇になったら、メアリーが紹介したい友だちがいると言っていたから、会ってくれよ」
「そうするよ。でも、なんだいこの戦争は!」
「そうだな。まさかサメやシャチと戦争をするとは思わなかった」
「絶滅させるわけにはいかないしな」
「ジブラルタル海峡は、サメ一匹通ることもできないようにしているので、大勢で船を襲うことはないはずだ。あとは持久戦で追いかえすだけだ」
「どうしてこんなことになったんだろう?」
「それはわからないが、英語をしゃべるイルカを捕まえたそうだから、そいつを使えばなんとかならないか研究しているようだ」
「聞いたことがある。その後どうなった?」
「どうもよくわからないそうだよ。それで、ヨーロッパのどこか研究所で調べるようだ」
「信じられないことばかり起きる」
「地球の底が割れて人間は絶滅するかもしれないという学者もいる」
「それで、異変を察知して、海底にいるやつが出てきたのか」
「NASAに就職しておれば、火星に逃げられたのにな」
「そこに行っても、火星人に追いたてられるぞ」
「どこにいても人間は嫌われものか」
「お互い、好かれるようにしようぜ」
「そうしよう。あっ、いけねえ。会議に遅れる!」
「それじゃ、また」
カモメは、話をやめると、その場でぐったりとなった。ベラは急いで下に潜り、カモメを支えた。