シーラじいさん見聞録
シーラじいさんの話では、この島はクレタ島かもしれないそうだ。そうであれば、北にはエーゲ海があり、そこにはギリシャやトルコという国がある。多分、クラーケンたちは、そちらに向かったはずだ。
幸いクレタ島は東西に長く、しかも、都市は北側に集中しているので、気づかれることはほとんどない。しかも、ヘリコプターの音はするが、センスイカンはいない。
ここで、じっくり様子を見て、次の作戦を練ることができる。
2日後、海面に上がると、何事もないような静けさが戻っていた。昨日も、穏やかな風が吹いていて、ふっと気がつくとうたたねをしてしまうような天気だったが、無言の騒がしさのようなものを感じた。しかし、今日はそれがない。
「クラーケンたちは、すでに地中海を進み、イタリアやフランスなどの国に向かっているのかもしれぬぞ」シーラじいさんが説明した。
「少し北の様子をみてもかまいませんか」とオリオンが聞いた。
リゲルも、体を休めることができたので、ほぼ元通りに動けるようになっていたので、オリオンも心強かったのだ。
シーラじいさんの了解があったので、クレタ島の東側から、北に向かうようにした。
ここは年中温暖で、そう荒れることはない海だ。エーゲ海のほうに向かったが、穏やかな海が広がっている。数日前の緊迫した雰囲気はどこにもない。
しかし、しばらく進むと、血のにおいがしてきた。みんな緊張した。海面が真っ赤に染まっている場所もある。
ときおり何かが浮いているのが見えた。警戒しながら近づくと、死んでいるのだ。サメ、イルカ、シャチ、クジラなどがいる。何という光景だ。
オリオンは、かなり小さいものが浮いているのに気づいた。近づくとイルカだった。
幼い顔をしている。ほんの子供のようだ。ようやく友だちができて無邪気に遊んでいる頃だ。まだ自分や世界を奥深さに気づいていないはずなのに、どうしてこんな遠くまで来て、こんなことになったのか。
その体は、まだつやつやしていて、太陽の光で輝いている。それは、どこかで心配している親にここにいることを知らせているようだった。
ひょっとして、ぼくが家族と離れてから生まれた弟あるいは親戚なのかもしてないと思うと、涙が止まらなくなった。オリオンは、しばらくしてから、みんながいる場所に戻った。
「みんな紅海を越えてきたのでしょうか?」リゲルが聞いていた。
「多分そうじゃないじゃろ。数があまりにも多すぎる。危険を顧みず紅海やスエズ運河を進んできたということは、すべての海、つまり、すべての大陸を攻撃する作戦じゃろ。
すでにアメリカに向かっているものもいるじゃろ。
一つの場所で、これだけの数のものが死ねば、その作戦は実行できないことはわかっているはずじゃ」
「それじゃ?」
「犠牲になったものは、ほとんどここにいたものじゃろ」
「こんな短い間に大勢集められるものでしょうか」誰かが聞いた。
「それはわからぬが、脅したかもしれぬ」
みんな黙った。
「でも、姿を見せるだけでいいのに、どうしてそんなことをするのでしょうか?」
「死体をばらまくことが狙いじゃったかもしれないな。ニンゲンに恐怖心を与えたり、漁に出られないようにするためにな」
ミラが帰ってきた。北には島が多い。また、ここ以上に死体が浮いているが、損傷が激しい。船が浮いている死体を回収している。そして、クラーケンたちはいないが、夥しい数のヘリコプターが飛んでいることなどを報告した。
「ヘリコプターは何をしているのだろうか」また誰かが聞いた。
「テレビ局などの取材のものじゃろ」とシーラじいさんが言った。「そうであれば、クラーケンの本体はすでに地中海を進んでいるにちがいない」
「あそこにいるのは何だろう?」シャチの弟が言った。
確かに東側に何かいる。「少し動いているようよ」視力がすぐれたミラも言った。
「クラーケンか」リガルが言った。
「見てこようか」ペルセウスが行こうとした。
「いや、ぼくが行ってくるよ」オリオンは、ペルセウスを止めた。
「どうもこちらを窺っているようだから話を聞いてくる」
オリオンは、「大丈夫か?」と声をかけながら近づいた。イルカのように見える。しかも、死んでいたイルカぐらいの子供のようだ。
さらに近づくと、逃げようとした。「心配しなくてもいいよ。ぼくらは暴れまわったものではないから」オリオンは穏やかに言った。
「でも」近づいてくるものがイルカだとわかると逃げようとはしなくなったが、まだ落ちつきがなかった。
「わかった。ぼくが、いろんな種類のものといるのが心配なのかい」
イルカの子供は黙っていた。「海を心配している仲間なんだ」
それを聞くと、少しホッとした表情になった。
「パパやママは心配しているだろう?」オリオンは、そのイルカの横に並んだ。
「いや、パパやママがいなくなったので探しているところです」
死んでいたイルカも多分ここにいたものだろうとシーラじいさんは言っていたが、この子も、そうだったのか。
「どうしてこんなことになったの?」
「ぼくは友だちと遊んでいたから直接は知らないけど、家に帰ると誰もいない。
誰がいないかと探しても、近所にもいないんだ。それで、友だちの家に行くと、『たいへんなことになった』と泣いていた。
ニンゲンがぼくらを殺しにくるので、船を出させないようにするためにみんな集まれとい言いにきたものがいたそうです」