シーラじいさん見聞録
誰も、我を忘れたようにその場を動こうとしなかった。
まるで、ウミヘビのばばあが催眠術をかけたかのようだった。
ようやく我にかえったオリオンは、すぐに状況を思いだし、ウミヘビのばばあに、オリオンは、二人で話す場合は、「ウミヘビのばあさん」と呼んでいたが、「海の中の海」の様子を聞くべきだったと思った。
そして、無事に帰ることを祈りながら、あちこち探した。しかし、すでにどこにもいなかった。
そのとき、「シーラじいさんの話を聞こう」リゲルの声が聞こえた。みんなでシーラじいさんがいる場所に戻ることにした。
オリオンは、カモメは礼をした。「そんなことより、あの年で、ここまで来るのは大変なことだわ。どうしてもあなたたちに話したいことがあったのよ。
むずかしいことはわからないが、わたしたちにできることはなんでもするから、遠慮なく言うのよ」カモメも、そう言うと、海面すぐ上を飛んでいった。
翌日、シーラじいさんがいる場所に着いた。シーラじいさんはじっと話を聞いた。
「よほどおまえたちのことが心配になったのじゃろ」
「カモメもそういっていました」オリオンが言った。
「海と陸の話はほんとでしょうか」ペルセウスが聞いた。
「ウミヘビのばばあは、特殊な能力を持っている。それがうそかほんとかではなく、世界をそのように解釈していると考えることじゃ」
「解釈ですか?真実は誰が見ても一つではないのですか」
シーラじいさんは、少し笑った。「そう言うと思ったわい。おまえたちに、事実を話してきたからな。人によって、事実がちがうのでは困る。しかし、わしが言うのは、世界全体のことなんじゃよ」
みんなは、黙ってシーラじいさんの話に耳を傾けた。
「ニンゲンは、世界はどうようなものかを考えてきた。それが科学というものじゃな。
しかし、自分はなぜここにいるのか、自分とは何かには、まだ答を見つけていない。
誰でも、自分が偶然できたとは思いたくない。それで、自分たちは、誰かの意志で作られたと思いたいのじゃ。それで、神というものを考えた」
「ニンゲンでも、そうなんですか?」
「そうじゃ。これだけ科学が発達しても、ニンゲンの世界でも、神はなくなっていない。
まだまだ科学ですべてがわかるわけでないし、わかっても、自分たちは神に作られたという思いはなくならないじゃろな。
生きることには、苦しみ、悲しみがついてまわるので、何かにすがりたいのかもしれない」
「それなら、ぼくらといっしょですね」
「そうじゃ。ウミヘビのばばあは、おまえたちが、ニンゲンやクラーケンとの世界に入っていくことは、それぞれの神の世界に入っていくことなので、大きな困難に会うのにちがいないと心配してくれたのじゃ」
「神も一つではないのですか」シリウスが聞いた。
「そうじゃ。それぞれにある。ニンゲンの世界では、何十、何百といるようだ。
ウミヘビのばばは、ニンゲンでも、クラーケンでも、自分が信じている神とちがう神をもっているはずだと考えているのじゃろ。
ウミヘビのばばあほど賢明なものはいない。おまえたちは、もっと話を聞くべきじゃった」
「それなら、どうしたらいいのですか?実は」リゲルは、ペルセウスたちが近づいた巨大な穴について話しはじめた。
「硫化水素は1時間噴出して、10分間止まることを繰りかえしているのはまちがいないです。おれとベラが確認しましたから」ペルセウスも自信たっぷりに言った。
「これから、みんなでその穴を調べようと思うですが、ウミヘビのばばあの話では、そこの奥は陸につながっているということです。
ぼくらは、陸では生きていけないことはわかっているのですが、どうしても、気になることがあるので」リゲルが聞いた。
「むずかしい問題じゃな。科学的に言えば、陸といえば陸じゃが、そこからは地殻というものがあって、大きな生物はいないと思う。
ともかく、そこは命にかかわるような危険地帯じゃ。わしに言えることは、軽率は行動をするべきでないということじゃ」
「わかりました」リゲルは納得した。
しかし、みんながもう一度行きたいという希望が強かったので、注意しながら行くことにした。
ウミヘビのばばあとシーラの話を聞いて、世界は単純なものではないことがわかった。
「世界は、見る者によってちがうのか」
「そうだとするなら、まずはしっかり見なければならないな」
「シーラじいさんの話では、地核には誰もいないと思うが、ニンゲンの文明のようなものがあるかもしれないということだ」
「しかし、それを見つけても、ぼくらがしようとしていることと関係ないのなら、それが何の役に立つのか?」
「でも、しっかり見ないと、関係があるかどうかもわからない」議論は続いた。
「自分たちで納得したら、シーラじいさんが言うように、『海の中の海』に帰るぞ」リゲルはみんなに言いわたした。
翌日、ウミヘビのばばあの話を聞いた場所に戻った。そして、すぐに巨大な穴に向かった。
全員、時間の数え方は頭に入っているので、どこにいようと心配なかった。
シリウスは、誰にも負けない嗅覚を働かせて、硫化水素のにおいを嗅ぎつづけた。
そして、においが薄れたのを確認して、10分待った。10分立つと、においは強くなった。それを2回繰りかえした。全員、穴の近くに集まった。
シリウスが、「今止まった。10分間大丈夫だ」と叫んだ。「行こう!」シリウスがみんなを誘った。
10分間止まるのはまちがいない。全員で近づいても、みんな硫化水素を浴びることはないだろう。
「よし!」リゲルが言った。