イタコ出張サービス

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復活ノート

「イタコ出張サービス」
親と子供の関係は(親と子供の嫁との関係も=嫁・舅姑の関係も)、病気なっても、ほぼ以前と変わらないと何回も言ってきました。
老人施設を回ると、一人で暮らせるユニットケアなどの場合、母親のために毎日泊まりにくる息子さんもいますが、ほったらかしの家庭もいます。
また、いわゆるお嫁さんが毎日顔を出す家庭もあるかと思えば、息子である主人の肩越しから言葉をかけるお嫁さんもいます。
そして、家族関係は、親子だけでなく、兄弟でも、急に仲よくなるということはないような気がしますが、どうですか?
そうなると、親がなくなった後も、その関係は残ります。
私の知りあいが、関西のある由緒正しいお寺の葬儀会館に勤めていますが、不況で、めっきり数が減ったと嘆いています。
その人から話を聞くのはおもしろくて、ときどき紹介しています(警察とヤクザの葬儀の区別はつかないということです。どちらもハッタリの社会ですからそういうことになるのでしょう)。
お通夜で、救急車を呼ぶこともあるとのことです。別に派閥争いや出入りがあったわけではなく、家族や親戚が殴りあいをして階段から落ちたというのです。
「ちゃんと介護をしなかった」とか「あんな病院へ入れて」とかのジャブの応酬が合ったのでしょうか。
遺産争いは、その日から始まっているのですね(ほんとは親が入院したときから、仲がよい兄弟の密談、いろいろな書類の作成などが行われているのでしょう)。
そして、いつまでも家屋敷が残っていることがあります。近所の人は、兄弟の誰が何を要求して、誰が文句をつけているとか噂をしています。
「財産を持っているのも困ったものだ。家は何もなかって子供孝行だ」と笑いますが、そういう家も、小さな揉め事があります。
「泣く泣くも 良いほうを取る 形見分け」という川柳がありますが、結局は遺書や法律に従わなければなりません。
しかし、しこりは残るでしょうし、故人の希望するようになっていないかもしれません。
私の母親の祖母は、子供が10人いましたが、喧嘩しないようにと、自分が生きている間に財産を10等分にしてわけたそうですが、結局は弁護士を入れる、裁判をするという大騒ぎをしていました。
それなら、故人があの世で生きているかのような「イタコ出張サービス」はいかがでしょう。
相続の3%ぐらいをいただくとして、「おまえたちの醜い争いはちゃんと見ているぞ」と思わせるのです。
まさか全員を恐山に連れていくことはできないし、ましてあなたは縁もゆかりもないのですから、警察を呼ばれるのが関の山です。
「みっともないこと」をさせないためにはどうしますか?
生きている間に故人と作戦を練ることだけでなく、遺書を見直したり、シミュレーションをすることも大事ですが、どう恐がらせるか?
お盆も近いことです。今がチャンスです。